表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/57

「血の杯」

続きを書いてます

夜の帳が戦場を包む。遠くで火の手が上がり、討ち取られた武者たちの呻き声がかすかに響いていた。織田信長は陣営の中央、豪奢な毛氈の上に座し、手元には異様な器があった。それは、討ち取った敵の頭蓋骨を削り、漆を塗って仕上げた杯だった。


家臣たちは誰も口を開かず、信長が静かに杯を掲げるのを見守っていた。


「……敵の血が流れ、大地が潤う。それを見ずして何が戦か」


信長は笑い、杯に酒を注ぐ。朱色の液体が骨の窪みを伝い、底に満ちると、まるで血のように妖しく輝いた。信長はゆっくりと杯を口に運び、一口、そしてまた一口と飲んだ。


「はは、良い味よ。この骨の持ち主も、まさかこうして俺の手の中で役立つとは思わなかっただろう」


彼は杯を振ると、滴が地面にこぼれた。家臣たちは息を呑むが、誰一人として口を挟むことはなかった。これこそが信長——冷徹なる覇者の姿だった。


そのとき、陣の外で何者かの気配がした。梨鍋遜大はしなべぽんたは素早く立ち上がり、太刀に手をかける。だが、闇から現れた影を見た瞬間、彼は目を見開いた。


「おぬし……まさか!」


月明かりに照らされたその人物は、かつて遜大が別れを告げた女だった。忍び装束に身を包んだ彼女——綾那あやな。彼の幼馴染であり、今はどこかの勢力に仕えるくのいちだった。


「遜大……久しいな」


彼女の声は冷たく、それでいてどこか懐かしい響きを帯びていた。


「なぜここに?」


「おぬしが危険だと知ってな」


その言葉を終えるか終えないかのうちに、陣の奥から数人の影が躍り出た。刺客だ。彼らは無言で刃を抜き、信長へと殺到する。


だが、綾那は疾風のごとく動いた。一瞬のうちに敵の背後へ回り込み、鋭い短刀で喉を切り裂く。悲鳴すらあげる間もなく、一人、また一人と倒れていく。


遜大もすぐさま刀を抜き、残る刺客を斬り伏せた。血飛沫が宙を舞い、夜風に溶けていく。


静寂が戻ったころ、信長はゆっくりと立ち上がり、残された杯を拾い上げた。


「面白い……まさか、刺客より先に救い手が現れるとはな」


信長は杯を綾那に向け、ニヤリと笑う。


「名は?」


「……綾那」


「ふむ、良い腕だ。ぽんた、お前には惜しい女だな」


遜大は苦笑しながらも、胸の奥に去来する感情を押し殺した。


信長は再び杯を掲げ、酒を一気に飲み干した。


「戦は続くぞ。お前たちも覚悟しておけ」


その言葉とともに、遠くで再びときの声が上がった。新たな戦の幕開けを告げるように——。


(続く)

次回を楽しみ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ