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もう一つの〇〇  作者: マーたん


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59/65

+①

長篠の戦いを経て、奥平信昌は単なる戦功の英雄から、領民を抱える領主へと立場を変えた。

しかし戦国の世は、剣の勝利だけで安泰を約束してはくれない。

徳川家康という巨大な主君のもとで、盟友として生きるか、家臣として従うか――そのはざまで、信昌は何を選んだのか。

これは戦場ではなく、政と人心の駆け引きの中で生き抜いた、一人の武将の記録である。

長篠前夜:若き信昌の葛藤


天正三年(1575)五月――

三河と遠江の境に近い長篠城は、静かな緊張に包まれていた。


奥平信昌は、城の天守から西の山並みを見つめていた。

まだ二十代半ば、若き城主の眼差しには、戦場を前にした不安と決意が交錯している。


「……武田は来る。」

独り言のように漏らした声を、側に控える重臣・菅沼正貞が拾った。


「殿、今の武田勝頼の勢いは恐ろしい。甲斐、信濃、遠江から押し寄せる軍勢は二万とも三万とも……。

 長篠はわずか五百。籠城は可能ですが、援軍が来る保証はございませぬぞ。」


信昌は目を細めた。

頭では分かっている。

だが――その心は、父祖から受け継いだ「忠義」の二文字で揺れていた。


奥平家は代々、武田家の与力であった。

甲斐の武田信玄の旗の下、幾度も戦場を駆け抜けた誇りがある。

しかし、信玄亡き後、家康からの誘いに応じて徳川方へと寝返ったのは、信昌自身の決断だった。


「……裏切り者、か。」


その言葉を口にすると、胸の奥で何かが疼く。

旧き盟友を捨て、家と領地を守るために選んだ道。

それが正しかったのか、信昌自身、いまだ答えを出せていない。


外では、兵たちが矢の手入れをしている音が響く。

甲冑の金具の軋む音、鍛冶場からの火花、乾いた木の匂い――すべてが戦の前触れだった。


その時、城門の方から駆け足で伝令がやって来た。

「殿! 武田勢、設楽原に布陣とのこと!」


場の空気が一変する。

正貞が短く息を呑み、信昌に目を向けた。


信昌は、静かに頷いた。

「……腹は決まった。俺は徳川の城将、奥平信昌だ。

 この城を、最後の一兵まで守り抜く。」


その声には、もう迷いはなかった。

忠義とは、ただ血筋や昔の約定に縛られるものではない。

今この瞬間、守るべき民と誓いに立つことこそが、義――。


こうして、長篠前夜、若き信昌の葛藤は終わり、

そして運命の合戦が、夜明けと共に幕を開けようとしていた。


長篠攻防戦:設楽原の炎


天正三年五月二十一日――

設楽原の朝は、濃い霧とともに始まった。


奥平信昌は長篠城の天守から、眼下の谷に広がる武田勢を見下ろしていた。

赤備えの甲冑が霧の中でぼんやりと光る。

山の端には武田勝頼の本陣、その背後に整然と並ぶ騎馬軍団。


「……見事なものだ。」

信昌は、かつて同じ旗の下に立った武田軍の規律に、懐かしさすら感じた。

しかし、次の瞬間、その感情を振り払う。


「敵だ。迷うな。」


城内では、徳川家康からの密使が待っていた。

三河の平野部、設楽原に築かれた馬防柵に、織田信長・徳川家康連合軍が布陣し、武田軍を迎え撃つという。

信昌の役目はただ一つ――長篠城を死守し、武田の背後を牽制すること。


「殿!」

菅沼正貞が駆け寄り、城外の動きを報告した。

「武田の先鋒、内藤昌豊勢が動き出しました。攻めは今日かと!」


信昌はうなずき、城兵たちを集める。

「いいか。俺たちはこの城を出ない。籠城だ。

 矢は惜しむな、火矢は城門前に集中しろ。敵を寄せてから叩く!」


武田軍は、かつての盟友である信昌が守る城を、容赦なく包囲した。

投石器の唸り、火矢の軌跡、城壁に打ち付けられる丸太――

だが、奥平勢は崩れなかった。


その背後には、信昌が抱えた二重の覚悟があった。

ひとつは、民を守るため。

もうひとつは、徳川家康との新たな盟約を貫くため。


夜半、城の裏門から数人の忍びが出ていった。

目的はただ一つ、織田・徳川本陣へ急ぎ援軍の到着を知らせること。

信昌は彼らの背を見送りながら、深く息を吐いた。


「生きて帰れ……。」



二十三日未明、設楽原の平野に雷鳴のような銃声が轟き渡った。

織田・徳川連合軍の鉄砲三段撃ちが、武田騎馬軍を迎え撃つ。


長篠城の城壁からも、その地響きは伝わってきた。

武田軍の動きが慌ただしくなり、ついには包囲網が緩む。

信昌はその瞬間を逃さず、城門を開き小勢で打って出た。

退く武田兵を追い、混乱をさらに広げる。


やがて、設楽原の戦いは織田・徳川の大勝で終わった。

武田軍は多くの将を失い、三河からの撤退を余儀なくされる。


長篠城の城門前で、信昌は家康からの書状を受け取った。

そこには、ただ一言――


「奥平信昌、よくぞ義を守った」


その筆跡は、戦場を勝ち抜いた者の重みを持っていた。

信昌はそれを胸に抱き、静かに空を仰ぐ。


かつての盟友を討つことになった痛みは、まだ消えない。

しかし、彼の選んだ「新たな忠義の道」は、確かに三河を守ったのだった。


小幡藩編:戦の果てに築くもの


長篠の戦いから数年――

奥平信昌は、家康から新たに与えられた上野国小幡の地へと入った。

かつては武田方の勢力が強かった山間の地で、戦で荒れ果てた村々には、まだ焦げた木の匂いが残っている。


城下は未整備、領民は疲弊、道はぬかるみ――

戦で勝ったはずなのに、目の前には「敗戦国」のような風景が広がっていた。


「……これを立て直すのが、今の俺の戦か」

信昌は馬上から村々を眺め、静かに呟く。



戦国から治世へ


家臣たちは、まず城の普請や城下の整備を急ぐべきだと進言した。

しかし、信昌が最初に命じたのは、領民への年貢の一時免除と、農地の復興支援だった。


「城は後でいい。腹を満たせぬ領民に、誰が仕えてくれる」

この言葉に、古くから仕えてきた家臣の一部は眉をひそめた。

戦国の武士は、まず己の陣を固めることを優先する。

だが、信昌はそれを覆した。


彼は自ら領内を巡り、傷ついた橋や堰を見て回り、鍬を持って農民と共に土を起こした。

その姿は、戦で得た領土をただ支配するのではなく、守るべき「家」として築く姿だった。



朝比奈泰朝との再会


ある日、信昌は小幡の城下で、思いがけない人物と再会する。

それは、かつて武田家に仕え、今は浪人となっていた朝比奈泰朝だった。

長篠の戦いでは敵として刃を交えた相手である。


「生きていたか、泰朝」

「……あの戦で死んだ方が楽だったかもしれぬ」


泰朝は疲れ果てた顔で笑った。

信昌は彼を家臣として迎え入れることを決める。

武田に忠義を尽くした男だからこそ、今度は領民のためにその力を使ってほしい――そう考えたのだ。


やがて泰朝は、農地整備や用水路の工事を取り仕切り、小幡藩の基盤を整える重要な役目を担った。

二人の間には、かつての戦を超えた信頼が芽生えていった。



弟子たち


信昌のもとには、若い武士たちが集まってきた。

彼らは長篠の戦いを「新しい戦術の象徴」として語り継ぎ、その戦功を挙げた信昌に学ぼうとした。


だが信昌は、武勇よりもまず「領を治める心構え」を教えた。

「戦は短い。だが治世は長い。剣の重みより、米の重みを知れ」


ある弟子は最初、不満げにこう言った。

「殿、それでは武士が鈍ります」

信昌は笑いながら答えた。

「鈍っていい。ただし民のために鈍るのだ」


この考え方は、のちに小幡藩の家風となり、藩士たちは無益な戦を避け、学問と民政に力を入れるようになった。



晩年


晩年の信昌は、戦の話をすることはほとんどなかった。

ただ時折、設楽原の方角を見やり、静かに酒を飲むことがあった。


「義は戦だけで貫けるものではない」

それが、長篠の勝者でありながら戦を憎んだ信昌の答えだった。


彼が亡くなったとき、小幡の領民は自ら喪服を着て葬列に加わったという。

戦国の世を駆け抜けた一人の武将が、最後に残したのは領地でも城でもなく、「人の心」だった。


徳川との攻防編:盟友か主君か


小幡藩の基盤が整い始めた頃、徳川家中では戦の形が変わりつつあった。

武田を滅ぼした後も、北条や上杉との緊張は絶えず、家康はより広い領土を統治するための新たな制度づくりに乗り出していた。


その中で奥平信昌は、単なる一武将ではなく「遠方の要」として扱われるようになる。

しかし、家康の命令は時に信昌の領民を苦しめることもあった。



家康の命


ある年、徳川軍が北条方とにらみ合いを続ける中、家康は信昌に大量の兵糧を送るよう命じた。

しかしその年は小幡一帯で冷害が起こり、領民は飢えに苦しんでいた。


家臣たちは当然反発する。

「殿、このままでは領民が餓え死にしますぞ!」

「命令を拒めば、徳川の恩を仇で返すことになります」


信昌は長い沈黙の後、こう言った。

「兵糧は半分だけ送れ。残りは領民に回す」



家康との対話


やがて家康のもとに、その判断が届く。

召し出された信昌は、冷たい空気の中、正座して家康と向き合った。


「そなた、命令を軽んじたな」

「軽んじたのではございません。領民あっての藩でございます」


家康はしばらく信昌を見つめ、やがて口元に微笑を浮かべた。

「……そなたは変わらぬな。だがその頑固さ、嫌いではない」


罰はなく、むしろその後、家康は信昌に領地の自治を大きく認めるようになった。



朝比奈泰朝の策


北条との小競り合いが続く中、朝比奈泰朝は独自の外交策を進言した。

「戦を避けるために、交易を増やしましょう。北条と米や塩をやり取りし、互いに戦をしにくくするのです」


戦国の武将らしからぬ策だったが、信昌はこれを採用。

結果、小幡藩は前線でありながらも、大きな戦火に巻き込まれることなく発展を続けることになる。



武士の誇りと領主の責務


ある夜、弟子の一人が信昌に問うた。

「殿、戦を避けることは恥ではありませんか」


信昌は静かに盃を置き、答えた。

「戦は誇りのためにあると思うか。違う。守るべきもののためにある」


弟子はその言葉を胸に刻み、やがて小幡藩の重臣となった。




…次回も楽しみに

信昌の選択は、戦国武将の中では異色だったかもしれない。

勝つための戦を選ばず、守るための戦だけを引き受けたその姿は、剣よりも長く、血よりも深く、人の心に刻まれた。

この物語の裏には、史実の奥平信昌が晩年まで家康の信を得ながら領民を守り続けた事実がある。

歴史の表舞台では語られにくいが、こうした武将たちの静かな決断が、やがて戦乱を終わらせる土台となったのだ。

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