『もう一つの桶狭間』完結編
もう一つの桶狭間
第一章 風の去った野
戦の静けさは、死の匂いとともに尾張の野を満たしていた。
桶狭間――嵐のような戦いが過ぎ去ったその跡で、信長たちは次の嵐を迎えねばならなかった。
「――信長様。敵は、まだ、います」
遜大が低く告げる。
彼の肩は血に染まり、目の奥にだけ、わずかな炎が残っていた。
勝ったはずの戦いの後、次に待つものは平穏ではない。
今川家の残党、討ち漏らした兵、尾張を狙う周囲の小領主、そして……味方の中に潜む、野心と恐怖。
信長は剣を鞘に収め、振り返った。
その瞳にあるのは、勝利の喜びではなく、未来への憂い。
「……遜大、楓、燈火、和泉。お前たちは、俺の背を守れ。
尾張を、次の戦に備えよ。ここで止まれば、すべては無駄になる」
楓が進み出る。「信長様、尾張の領民はまだ恐れています。荒れ果てたこの国を、どう治めるおつもりか」
「治める?」信長は笑った。「違う、創るんだ。この国を、戦に勝つ国に――いや、天下を掴む国に」
その言葉に、遜大はわずかに眉をひそめた。
信長の理想が、また一歩「人の世」から遠ざかる音がしたからだ。
燈火と和泉は、互いに目を合わせ、すでに動き出していた。
諜報の網を張り、敵を、味方を、未来さえも見据えて――。
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第二章 迫りくる影
尾張を襲ったのは、今川の残党ではなかった。
彼らの背後から、新たに力を蓄えた松平元康(後の徳川家康)が動き出す。
「今川が倒れた後の東海道を、誰が手にするか――わしは松平元康だ」
若き元康は、かつて桶狭間で失った者たちのため、次なる戦を起こす覚悟を固めていた。
一方、信長の周囲でも不穏な気配が芽吹く。
佐久間、柴田、丹羽――尾張の古参たちの間に、不安と嫉妬が渦巻き始めた。
そして――
京の都では、すでに足利義輝が命を落とし、明智光秀が歴史の舞台に足を踏み入れていた。
遜大は光秀と出会う。
二人は理想を語り合い、やがて「信長の未来」を巡って深い対話を重ねていく。
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第三章 天下布武の果てに
信長はついに「天下布武」を掲げ、東海道を超えて京に上る。
だがその先に待つのは、戦国の旧秩序を打ち砕く無限の戦い。
敵は、外にも、内にもいた。
楓は国を支え、遜大は信長の暴走を止めようとし、
燈火と和泉は、忍びの世界から警鐘を鳴らし続ける。
しかし、信長は止まらなかった。
彼はただ、前へ――その先に滅びがあるとしても。
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最終章 本能寺、炎の刻
――そして、運命の夜。
信長は、明智光秀の兵に囲まれ、本能寺にて炎に包まれる。
「遜大……お前の理想は、俺には……遠かったな」
最後に微笑んだ信長の姿を、遜大は遠くから見届けることしかできなかった。
遜大、楓、燈火、和泉は、それぞれの道へ去る。
歴史の表舞台から姿を消し、未来へとその意志を託して――。
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エピローグ 子らの世
時は流れ、遜大と燈火の子、楓の家系、和泉の娘たちは、
江戸の世で新たな平和を築いていた。
「父が目指したものは、まだ遠い夢かもしれない……でも、歩むしかない」
遜大の息子は、そう言って、静かに空を見上げた。
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◆ 完
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『もう一つの桶狭間』続編
──遜大の子供たちの世代編──
第一章 新たな風の中で
江戸の町は静かに、しかし確かな息吹を感じさせていた。
かつて戦乱の世を生き抜いた遜大の息子、遜信は、父の跡を継ぎ小さな領地の若き当主となっていた。
剣術に励み、戦の世から平和の世へと移り変わる波の中で、自らの役割を模索している。
「父上の理想は遠くても、俺が繋がなければならぬ」
遜信はそう呟き、庭先で剣を振るった。
一方、その妹、遜火は忍びの血を色濃く受け継ぎ、江戸の裏町で情報網を築いていた。
まだ若いが、その才覚は父母の跡を確実に継いでいる。
「遜信兄上の戦い方とは違う、私の道を行く」
遜火は静かに微笑み、闇に溶けるように街へと消えた。
平和の時代にも影はあった。幕府の権力争い、かつての戦国武将の遺志を巡る陰謀。
遜大の遺志を受け継ぐ兄妹は、それぞれの場所で新たな戦いに挑むことになる。
だが、その先に待つものは、まだ誰も知らない未来だった――。
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『もう一つの長篠』へのプロローグ
桶狭間の戦いから数年が過ぎた。
信長の軍勢は東海道を徐々に掌握し、尾張、美濃、さらに遠くへと勢力を広げていた。
だが、その勢いを阻もうとする影が迫っている。
松平元康――かつての盟友であり、今は強大な敵として立ちはだかる若き将。
「天下布武の夢は、まだ遠い……」
遜大は険しい表情で呟いた。
東海道の小さな城塞、刈谷。
ここに新たな激戦の火蓋が切って落とされようとしている。
果たして信長の軍勢は、この試練を乗り越えられるのか。
そして遜大、楓、燈火、和泉――彼らの運命は。
歴史の影に隠されたもう一つの戦いが、今、始まろうとしている。
――「もう一つの長篠」へ、続く。
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もう一つの長篠へ続きます




