「焔に誓う」――信長と濃姫・後編
前回の続き
封印の間。
焔の神核が脈打つたび、空間そのものが震え、過去の記憶が漏れ出していた。
明煉が剣を構えると、周囲の空気が変わる。
まるで炎そのものが、彼の内に眠る何かを呼び覚まそうとしているかのように――
突如、視界が歪み、幻影が広がった。
赤い野。
戦火の向こうに、ひとりの女が立っていた。
長く揺れる黒髪。揺れる紅衣。
焔のように美しいその姿を、明煉は知らなかった――
けれど、不思議とその瞳に見覚えがあった。
「あなたが……明煉、ね」
幻影の中、彼女は微笑む。
「私の焔が、あなたに届いていたなら――」
「……あなたは、誰だ」
問いかけると、彼女はゆっくりと名を告げた。
「濃姫。信長の妻。そして、かつて……この焔に最後の希望を託した者」
焔の揺らめきの中、濃姫の過去が明煉に流れ込んでくる。
戦の時代、命を賭して焔を制し、争いを止めようとした女。
信長に、ただ一人、涙を見せた女。
「信長は……あなたを守れなかったことを、いまだに悔いています」
「ええ。だから、彼は今も“焔を封じること”こそが正義だと信じてる」
彼女はふっと目を伏せた。
「でも、違うの。信長が本当に守りたかったのは――“焔そのもの”じゃない。焔の中にある人の想いだった」
明煉はその言葉を聞いて、剣を見た。
自分の剣に宿る焔が、まるで応えるように静かに揺れている。
濃姫が顔を上げ、真っ直ぐに明煉を見つめた。
「だからお願い、明煉。どうか、彼を止めて。力でじゃなく、想いで――」
「彼の中に、まだ灯が残っているうちに」
その瞬間、幻影が霧のように消えていく。
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現実に戻る。
信長は焔の神核の前に立ち、背を向けていた。
「……見たか、あいつの記憶を」
明煉は頷く。
「あなたは、今でも彼女の焔を――心の奥に守っている」
信長は黙っていた。
だが、その肩が微かに震えた。
「俺は……もう、焔で誰かを救えるとは思っていない」
「だが俺は、そう信じたい。救えるって。だから――」
明煉は剣を構える。
「戦わないでください。……でも、止めます。俺の焔で。信じる焔で」
信長が、ゆっくりと振り返った。
かつての鬼火のような眼差しではない。
すべてを抱えた男の、静かな怒りと悲しみが宿る目だった。
「ならば――試すがいい。俺の焔と、お前の焔……どちらが“真に人を照らす”か」
焔と焔がぶつかる、最後の審判が始まろうとしていた。
(続く)
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次回も楽しみに




