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もう一つの〇〇  作者: マーたん


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39/65

「信長の過去 ―鬼と契りし夜―」

前回の続き

かつて、まだ「灰の都」が滅びるよりもはるか以前。

その夜、“信長”と呼ばれる少年は、一人、火山の麓の祠にいた。


齢わずか十と幾つ。

彼は、村を襲った「火喰いひくいおに」から逃げ延び、ひとり生き延びた。

家族は焼かれ、村は灰に還った。炎を操る鬼の咆哮が、今も耳に残っている。


その夜、祠に灯る炎の奥から、女が現れた。


白装束に紅の瞳。肌は透けるほど白く、焔のような長い髪。

その者こそ、初代“焔巫女”の血を引く存在――“かえで”。


「……お前、まだ“人”か?」


少年はうなずかなかった。震えながら、それでも目だけは逸らさず、焔の女を見返していた。


「ならば、選べ」楓は言った。「このまま鬼となり、焔に呑まれるか。それとも……焔を喰らい、制する者となるか」


彼女の差し出した掌に、小さな焔が揺れていた。それは生き物のように脈打ち、まるで心臓の鼓動のようだった。


信長は、問うた。


「それを受けたら……皆を守れるのか」


楓は答えた。


「代わりに、“一人で生きる力”を得る。だが、“人としての帰る場所”を失う」


焔に選ばれるということ。それは「力」を得ると同時に、「孤独」を選ぶこと。


少年は、ゆっくりと掌を重ねた。


そしてその夜、少年は“信長”となった。


名もなき孤児が、“焔を従える者”の始まりとなった瞬間だった。



時は流れ、現在。


灰の都、地下の封印の間にて――

明煉たちが扉を開いた先で待っていたのは、信長その人だった。


焔の壁の前、彼は一人で立っていた。

その背中からは、決して近寄らせぬ孤高の空気が漂っていた。


「……ようやく来たか、明煉」


遜大が剣に手をかける。「なぜお前がここにいる」


「俺がこの焔を封じた。十七年前、“焔の断罪”の儀で、すべてを終わらせた張本人としてな」


柊が驚愕に目を見開いた。


「焔の断罪……まさか、あの大噴火の本当の原因は……」


信長はうなずいた。


「俺が“焔そのもの”を裁いた。そのとき、巫女たちの力を借りて、都を――いや、焔の神核を封印した。それが、ここだ」


明煉が一歩踏み出す。


「なぜ……そこまでして、焔を否定した」


その問いに、信長は一瞬目を伏せた。

そして、懐から一枚の古びた布を取り出した。それは、焦げた絵巻の断片だった。


「かつて、俺には……家族がいた。仲間がいた。楓も、梨鍋も、燈火さえも、かつては皆、俺と共に“焔を制する者”として戦っていた」


「だが、俺は――焔に酔い、失った。最も愛した者を、自分の焔で焼いた」


焔の中、ひときわ深い影を宿した男の目が、明煉を見据える。


「お前が信じた“癒やす焔”は、まだ未完成だ。

焔は、誰かの悲しみと、喪失と、贖罪の上にしか本当の形を取らない」


「それを知った上で……それでも、お前は焔を使うか?」


問いかけのようであり、試練のようであり、警告のようでもあった。


明煉は、静かに剣を握り直す。


「俺は……誰かの痛みを、否定したくない。そのために、この焔を選んだ」


「だから、答える。使うよ、信長。失うことも、抱えながら」


次の瞬間、焔が大地を裂き、封印の間が震えた。


奥深くから、**焔の神核――“焔心たまし”**が目覚めようとしていた。


信長が最後に一言、残す。


「では、見せてもらおうか。“焔を喰らいし子ら”よ。お前たちが、俺の背を超えられるかを」


焔の道は、なお続く。

だがその先には――信長の影が、なお濃く立ちはだかっていた。


(続く)


次回も楽しみに

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