「焔の綻び ―忘れられし楔―」
前回の続き
聖堂の奥に続く道は、岩盤の裂け目を縫うような狭く曲がりくねった通路だった。時折、地の底から微かな熱風が吹き上がり、明煉たちの衣を揺らした。
誰も言葉を発しなかった。
さきほどの焔の継承は、それほどまでに強烈な“何か”を残していた。
やがて、通路が終わりを告げると、広がっていたのは巨大な空洞。
その中心には、古代の祭壇。そしてその周囲には、かつての“焔の巫女”たちを象った石像が円陣を成していた。
柊が息を呑む。
「……これは、“封炎の円環”」
「聞いたことがある」遜大が口を開く。「焔の力が暴走したとき、それを抑えるために巫女たちが自らを“楔”としたという儀式。だが……」
「すべて石像に変わっているのは、聞いてないわね……」燈火が呟く。
明煉は、剣を携えたまま祭壇に近づいた。
その瞬間――
バチッ。
空気が裂けた。
祭壇の上に浮かぶ焔の粒子が、急激に黒く染まり、影のような“裂け目”が現れた。そこから現れたのは、一人の女。銀の仮面をつけた、異国の衣をまとう者だった。
「……やはり来たか、“継承者”」
その声には、どこか冷たい響きと、異質な抑揚があった。柊がすぐさま構える。
「誰だ、貴様」
女は答えた。
「我が名はユアリエ。遥か東の地、“風哭の帝国”の使徒にして――焔の力を正しく使う資格を持つ者」
遜大の剣先が、彼女に向けられる。
「焔の力を“正しく”? 貴様らは、焔を奪いに来ただけだろうが」
だがユアリエは一歩も動じなかった。
「違う。お前たちが“癒し”などと信じた焔は、今なお世界を蝕み続けている。焔を解放すれば、また争いと破滅が繰り返されるだけ。だから我らは封印する。永遠に――すべての“継承者”ごと、焔を断ち切る」
その言葉に、明煉が剣を前に出す。
「お前は……焔を恐れているだけだ。だから、閉じ込めて支配しようとしている」
ユアリエは静かに仮面を撫でた。
「違う。私たちは……“焔の真実”を知っている。かつてこの大地が、焔によって滅ぼされた本当の歴史をな」
そして、祭壇が反応する。
焔の巫女たちの石像が、一体、また一体と軋みを上げて崩れ、灰の嵐が吹き荒れる。
祭壇から出現したのは、黒焔を宿した異形の巫女像――
焔が、過去の“継承の失敗”を顕現させたもの。
柊が叫ぶ。「こいつらは……“焔の反響体”! 巫女たちの苦悶と後悔が、負の形で呼び出されたものだ!」
「行け、継承者よ」ユアリエが静かに言う。「お前が“癒やす”というなら――それを、証明してみせろ」
そして戦いが始まる。
明煉の焔剣・黎が、黒焔と交差する。
燈火は巫女像の動きを読み、その間を縫って斬撃を放つ。
柊の術が空間を裂き、遜大の一撃が重く一体を砕く。
だが、黒焔は倒すたびに再構築され、焔が不安定に波打ち始める。
(この焔の乱れ……まるで、内側から蝕まれている)
明煉は気づく。焔の源が、自らを見失いかけている。
彼の剣が再び脈打つ。
「……ならば、俺の焔で――もう一度、“名前”を与える」
焔剣・黎が静かに光り、巫女像の胸に触れた瞬間、そこから一筋の音が溢れた。
それは、歌だった。
かつて巫女たちが焔を鎮めるために歌った“導きの調べ”。
その旋律が空間を包み、黒焔が徐々に澄んでいく。
柊が震える声で言った。
「焔を……祈りで導いてる……?」
ユアリエはしばらく黙っていたが、やがて仮面の奥で目を伏せた。
「……継承者よ。その力が本物なら、いずれわかるだろう。“焔の綻び”が、どこから始まったのかを」
彼女は黒い裂け目の中へと姿を消した。
戦いは終わり、焔は再び静かに灯る。
祭壇の奥。封じられていた扉が開かれる。
その先に広がるのは――焔の巫女たちが最期に記した“真実の記録”。
明煉は前を向く。
「焔の真実とやらがあるなら、知ってみせる。そして、選ぶ。この力を、どう使うべきかを」
その焔が、希望か災厄かは――まだ、誰にもわからない。
(続く)
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次回も楽しみに




