「記憶の焔」
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赤い靄が視界を包んでいた。
熱い。
けれど、皮膚が焼けるような痛みではない。
むしろ内側から、心が溶かされるような――そんな熱さだった。
明煉は、気づけばひとり、どこまでも広がる焔の中に立っていた。足元は確かに地を踏んでいるはずなのに、その感覚さえ曖昧になる。
「……これは、幻か」
誰にともなく呟いたとき、不意に焔が割れた。
現れたのは、小さな村。
懐かしい匂い、懐かしい音――そして。
「明煉、こっち!」
駆けてくる、小さな影。
振り返ると、それはかつての自分だった。幼き明煉、いや“篝火”と呼ばれていた頃の、無邪気な笑顔。
その隣には――母、沙羅。
「……母上」
彼女は微笑んでいた。何も言わず、ただ静かにこちらを見ていた。
だがその瞳は、どこか遠くを見ていた。まるで、もう戻れぬ日々を見送るかのように。
「母上……俺は、あなたの願いに応えられたのか?」
焔の幻影は答えなかった。ただ、沙羅の姿がふっと揺らぎ、崩れ、風に溶けるように消えていった。
明煉の胸に、ぽっかりと穴が空く。だがその穴から、何かが滲み出る。怒りでも悲しみでもない、もっと深く、もっと根源的な――渇きだった。
「俺は、何を燃やしたい? 誰のために……この焔を使う?」
そのとき、背後に気配が現れた。振り返ると、そこに立っていたのは――
「遜大……父上?」
だが、その男の目は冷たい。剣を構え、まるで敵を見るように明煉を睨んでいた。
「焔を選んだお前は、すべてを焼き払う。家族も、故郷も、自分自身も……!」
剣が振り下ろされる。
反射的に明煉も剣を抜く。刃と刃がぶつかる音が、虚構の空間に鳴り響いた。
「俺は……!」
激しい火花とともに、明煉は叫ぶ。
「俺は、それでも前に進む! たとえ何かを焼いてしまっても、それでも守りたいものがある!」
焔が爆ぜ、幻の遜大が弾け飛んだ。
辺りに再び赤い光が満ちる中、明煉の手には、今まで見たことのない形の剣があった。
それは焔を纏い、けれど決して暴れず、静かに灯る灯火のような剣。
「これが……俺の“焔”……」
ふいに、空気が変わる。焔の幻が晴れていく。
明煉が目を開けると、そこは再び焔の谷、祠の前だった。
燈火が駆け寄る。
「明煉! ……戻ったのね」
柊も安心した表情で頷く。遜大は、無言で一歩前に出て、息子の瞳を見つめた。
「見つけたか? お前の焔を」
明煉は、炎の剣を鞘に納めながら、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。もう、迷わない」
焔巫女が静かに微笑んだ。
「ならば、次なる地へ進め。“焔の道”の先、お前の力が真に試される“灰の都”が待っている」
南風が吹き抜けた。
それは、ただの風ではなかった。明煉の背中を押し、歩みを促す、“焔”の意志のようだった。
(続く)
次回も楽しみに




