「焔の谷」
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南の峠は、かつて交易路として栄えた場所だったという。だが今は、ほとんど使われることもなく、獣道と化した石畳が草に埋もれていた。
風は徐々に熱を帯び、木々の葉を震わせる音も、どこかざわついて聞こえる。
「ここが……焔の谷か」
峠を越えた先に広がる渓谷は、まるで別世界のようだった。赤土の岩肌が露出し、地面の至るところから蒸気が立ち昇る。谷の底には、かすかに赤く光る溶岩の流れさえ見えた。
「まるで、地の底のようね」
燈火が呟く。だが彼女の眼差しには、恐れよりも好奇心が宿っていた。
柊は地図を広げ、小さな祠の印を指差した。
「この谷の中心部に、“火を封ずる祠”があると記されています。記録には、焔の力を受け継ぐ者がこの地で試される、とも」
「試される……?」
明煉の声が低くなる。谷の空気が一層熱く、重く感じられた。
遜大は辺りを見回しながら言った。
「ここは、ただの場所じゃない。かつて“焔を継ぐ者”たちが通った、儀式の場だ。……お前の中に眠る何かを、呼び覚ますのかもしれん」
その言葉に、明煉は無言で頷いた。
四人は祠を目指し、谷を進む。途中、古びた柱や崩れかけた石碑が点在し、かつてここに何かが“祀られていた”痕跡を伝えていた。
そして、祠の前にたどり着いたとき――
「ようこそ、“焔の後継者”たちよ」
声が響いた。どこからともなく、谷全体に染み渡るように。
突如、祠の前の空間がゆがみ、炎の衣を纏った女が現れた。年齢不詳、長い朱髪が燃えるように揺れ、金色の瞳が四人を射抜く。
「我が名は“焔巫女”。この地にて、炎の真名を守る者」
明煉は一歩前に出た。
「俺の力の根源がここにあるというのは、本当か」
焔巫女はゆっくり頷いた。
「汝はまだ、“焔”とは何かを知らぬ。剣で切るような単純な力ではない。心を灼き、魂を試す火……それに耐えうる覚悟があるか?」
明煉は、答えなかった。ただその瞳に、父譲りのまっすぐな光を宿したまま、焔巫女を見据えていた。
やがて巫女は静かに手を広げた。
「ならば、試練を受けよ。過去と向き合い、真実を受け入れ、そして――“何を燃やすか”を、自らに問え」
焔の風が、谷全体を巻き込むように吹き荒れた。
そして明煉の周囲が、ゆっくりと赤く染まり、次第に現実と夢幻の境が消えていく。
そこは、記憶の焔――
過去を焼き尽くす、心の深淵だった。
(続く)
次回も楽しみに




