外伝 女ったらし・梨鍋遜大
この回は、外編です
「お前、また女を泣かせたって噂だぞ?」
柊が呆れたように言い放ったのは、ちょうど朝の飯の席だった。
遜大は、煮魚をつついていた箸を止め、微妙に気まずそうに咳払いした。
「……泣かせたわけじゃない。ただ、少し話をしただけだ」
「で、話した相手は?」
「えーと……茶屋の娘、医者の未亡人、あと、町道場の女師範……くらいか?」
燈火がその場で思い切りテーブルを叩いた。
「“くらいか”じゃないわよ! それ、全部一晩でしょ!? どんだけ顔が広いのよ!」
「いや、顔が広いというか……まあ、いろいろ縁があってな」
遜大は苦笑しながら、ぽりぽりと頭をかいた。その仕草がまた、女たちには妙に「哀愁がある」と人気らしい。
「しかも、全部“昔の女”ってのがまた腹立つのよ。アンタいったい、若い頃どんな生活してたのよ……」
「……ほとんど戦場だったがな」
「戦場で、女を口説いてたのね?」
「いや、向こうから寄ってきたんだ」
「……殺すわよ」
燈火の目がすぅっと細くなった。柊はそれを見て、お茶をすする。
「まあまあ。でもそれだけ惚れられるってのも、遜大様の“器”ってやつなんじゃ?」
「器ねぇ……問題は“蓋”が開きっぱなしなことよ」
「それにしても、どうして女たちは怒りながらも、遜大様に執着するんでしょう?」
「……」
遜大は少しだけ、目を伏せた。
それは彼なりの“過去への悔い”なのか、それとも“照れ隠し”なのか――。
「一つ、思うことがある」
珍しく真面目な声で遜大が口を開いた。
「人は戦の世で何を求めるかって話だが……女たちが俺に求めたのは、強さでも金でもなかった。ほんの一瞬の、“平穏”だった気がするんだ」
柊と燈火が、ふと静かになる。
「俺の膝枕でも、嘘でも、本気でも。たとえ全部まやかしだったとしても、あのとき彼女たちは、笑ってた。それだけは、忘れられない」
燈火は、言葉を失った。柊もただ、口元に手をやって黙っていた。
だが次の瞬間――
「だからって未亡人の背中さすってんじゃないわよっ!」
ぱしん、と音がして、燈火の扇子が遜大の額に炸裂した。
「痛っ! ちょっと待て、それは慰めで――」
「慰めなら私がすればよかったのよ!!」
「いや、それもどうかと思うが……」
その日、梨鍋遜大は、また一人の女に怒鳴られ、笑われ、そして許される――そんな“女ったらしの英雄譚”をまた一つ、積み上げたのだった。
(了)
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次回も楽しみに




