「最後の誓い」
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外気は冷え、夜の帳が深く村を覆っていた。
星の瞬きも見えぬ曇り空の下、遜大は静かに宿を出ると、ひとり山道を歩いていた。
足元には濡れた落葉。風に運ばれた湿った土の匂いが、昔日の記憶を呼び覚ます。
沙羅と出会ったあの峠も、こんな匂いがしていた――。
「……最後の誓い、か」
呟いた言葉は、誰にも届かない。だが、自身の胸には確かに届いた。
あの夜、戦の渦中で手を取り合った沙羅と、自分が交わした“誓い”。
それは戦を終わらせるためのものではなく、彼女とともに“越える”ためのものだった。
だが自分は、結局、戦を選んだ。
愛する者を守るために、剣を捨てることはなかった。
「……そして、あの子が剣を選んだ」
篝火――いや、明煉。
彼が戦場で見せた瞳。自分に似た、あの真っすぐな光。
その光の裏に、どれほどの孤独があったか、自分は気づいていなかった。
遜大は足を止め、懐から一枚の布を取り出した。
それはかつて沙羅が縫い残した、幼い篝火の産着の切れ端だった。
あの子の名を“ぽんた”と呼び続けた沙羅の願い。
血ではなく、“名”でつなごうとした、母の祈り。
そのすべてが、今になってようやく遜大の胸を打った。
「俺も……もう逃げん」
ぽつりと告げたその言葉に、夜風が応えるように吹き抜けた。
その時だった。
背後から、足音。鋭く、だが乱れのない、一歩ずつ地を踏みしめる音。
「……誰だ」
振り返ると、そこに立っていたのは――明煉だった。
その顔には、もう迷いの色はなかった。
父の背中を追いかけ、母の言葉を胸に刻み、彼は一人の剣士として、そこにいた。
「ぽんた……いや、明煉」
「どちらでもいい。けれど、俺は今日から、お前に問うために来た」
その瞳には、父と同じ“誓い”を問う強さが宿っていた。
「――父上。お前の“最後の誓い”は、今も生きているか?」
遜大は答えなかった。ただ静かに歩み寄り、目の前の青年の肩に手を置いた。
「……まだ、終わっていない。だが、お前がいる限り……俺は、それを背負い続けられる」
明煉は頷いた。
その夜、山の風は止み、空には一筋の星が姿を見せた。
“最後の誓い”は、父から子へ。剣と心が、静かに受け継がれていった。
(続く)
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次回も楽しみに




