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「追われる者」

桶狭間の戦い——織田信長の奇襲が歴史を変えた戦いだが、その裏では名もなき者たちが運命に翻弄されていた。


主人公・**梨鍋遜大はしなべぽんた**は、播磨出身の浪人。織田家の密偵として仕えたが、知らぬ間に敵へ情報を渡してしまい、謀反の疑いをかけられ追放される。織田にも今川にも居場所を失った彼は、逃亡と陰謀の渦に巻き込まれていく——。


戦と裏切り、そして禁断の恋。

これは、もう一つの桶狭間の物語である。

「おい、お前……何者だ?」


鋭い声が背後から突き刺さる。


遜大が振り向くと、織田軍の兵が数名、警戒するようにこちらを睨んでいた。全員が槍を構え、一歩ずつ距離を詰めてくる。


(まずい……俺の顔を知っている奴がいたら、一巻の終わりだ)


遜大は冷静に周囲を見渡した。自分がいるのは、桶狭間へと続く道の脇に広がる雑木林。今ならまだ逃げられる。だが、無闇に動けばすぐに追いつかれるだろう。


「……俺はただの旅の者だ。戦の気配を感じ、様子を見に来たまでよ」


「旅の者だと?」


兵たちは疑いの眼差しを向けた。


「ならば名を名乗れ。どこから来た?」


「……播磨の方から流れてきた。戦には関わるつもりはない」


遜大は冷静を装いながらも、わずかに足を引いた。


(逃げるなら、今しかない……!)


次の瞬間——


バッ!


遜大は地面を蹴り、一気に駆け出した。


「待て!」

「怪しいぞ、捕らえろ!」


怒号とともに、兵たちが追いかけてくる。遜大は必死に駆けながら、頭の中で状況を整理しようとした。


(なぜだ……? どうして俺は、またこの戦の渦に戻ってしまった?)


確かに自分は戦から逃れ、船で遠くへ行くつもりだった。だが、その直前——何かに引き寄せられるようにして、ここへ戻ってきた。


もし本当に過去へ戻ったのなら、これは運命をやり直せということなのか?

それとも、また同じ悲劇を繰り返せということなのか?


「くそっ……!」


遜大は、目前に迫る鬱蒼とした竹林に飛び込んだ。


竹林の中で


竹の葉が揺れ、風が吹き抜ける。足元には枯れ葉が積もり、踏みしめるたびに小さな音を立てた。


(ここなら……少しは撒けるか)


遜大は息を潜め、背後を窺った。兵たちの気配は遠のいているようだった。


(……よし、しばらくは動かず様子を見るか)


そう考えた瞬間だった。


「……誰だ?」


低く、凛とした声が響く。


遜大は反射的に振り向いた。


そこに立っていたのは——


一人の美しい女だった。


細身の体に、上品な浅葱色の着物。漆黒の髪は、月明かりを浴びて静かに揺れている。


その顔を見た瞬間、遜大の心臓が大きく跳ねた。


「……柳原、和泉?」


彼女の名を口にすると、和泉は静かに微笑んだ。


「久しぶりですね、遜大殿」


まるで、すべてを知っているかのような口ぶりだった。


遜大は愕然とした。


(どういうことだ……? 俺は確かに未来から戻ってきたはず。それなのに、なぜ和泉は俺を知っている?)


「なぜ、ここに……?」


和泉は微笑んだまま、竹林の奥を指差した。


「ここでは話せません。ついてきてください」


遜大は一瞬、迷った。


和泉は今川家の側近の娘。彼女について行くということは、今川勢力の中に足を踏み入れるということを意味していた。


だが——


(……今の俺に、他に行くあてがあるか?)


結局、遜大は無言のまま頷き、和泉の後を追った。


この選択が、彼の運命をさらに狂わせることになるとも知らずに——。


本作『もう一つの桶狭間』を読んでいただき、ありがとうございました。


桶狭間の戦いという歴史的な出来事の裏側には、多くの見過ごされた物語があると感じています。主人公・梨鍋遜大はしなべぽんたのように、歴史に名を残すことなく、運命に翻弄される人物たちの存在があることを描きたかったのです。


遜大の物語は、戦の渦中で生きる人々の葛藤と選択を描くことで、少しでも読者の心に残るものになればと思っています。彼の運命がどのように変わるのか、そして彼がどんな選択をするのか、それを共に感じていただけたら幸いです。


また、この物語の舞台となる時代は、陰謀や裏切りが渦巻く戦国時代。しかし、そこに潜む人々の感情や葛藤が、少しでも鮮明に伝わっていたなら、書き手としては嬉しい限りです。


今後も、このような物語をお届けできるよう精進していきます。最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。

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