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もう一つの〇〇  作者: マーたん


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29/65

『妻』——

続きをどうぞ

夜の闇が山を包み込んだ頃、一行は小さな村の宿屋に到着した。

遜大、燈火、そして柊は、そのまま部屋に入ると、食事の支度を進めるため、宿の主人に指示を出した。


だが、遜大の心はどこか落ち着かなかった。

篝火との激闘の後、改めて思い知らされたのは、彼が抱えていた数々の過去の重さだった。


篝火――今は明煉となった息子が、彼の目の前から消えてから数日が経っていた。


その間に、思い出すのは、いつも彼の名前が呼ばれたあの時だった。


「ぽんた…」


遜大がふと、口にした言葉。燈火と柊は、それを耳にして、何も言わなかった。


その時、宿の扉が静かに開く音がした。


「遅かったね」


遜大は振り向き、その姿に息を呑む。


目の前に立っていたのは、沙羅さら

彼のかつての妻、そして篝火の母だった。

その顔には、年月を重ねた痕跡があるものの、どこか優しさと力強さを併せ持った表情が残っていた。


「お前、なぜここに…?」


遜大は驚き、目を見開いた。

だが沙羅は、静かに微笑みながら言った。


「息子のことで、あなたに伝えたいことがあったからよ」


彼女の声には、何かしらの静かな決意が込められていた。


遜大は、沙羅を部屋に招き入れる。燈火と柊も、彼女の存在を認識するとともに、その場に少しだけ緊張が走る。


「篝火(明煉)のことで、何か……?」


沙羅は深く息を吸い、静かに語り始めた。


「篝火は……私が生きていた証。けれども、あの子には他にも大切なものがあった。あなたにも、きっと分かっているはずよ」


遜大の心が波立つ。


「……他の、何か?」


沙羅は一度目を伏せた後、遜大を見据えて続けた。


「私は、あなたが抱える痛みを理解していた。だから、篝火を“ぽんたの息子”として育てた。でも、あなたが決して言わなかったことがひとつだけある。それは、私を選んだ理由だ」


その言葉に、遜大は一瞬言葉を失う。


「私の選択は、私の誓いだった。でも、あなたの誓いは、別のものだった。覚えている?」


遜大は、記憶の奥底から、かつて沙羅と交わした言葉を思い出す。


「お前とともに生きる。それが俺の道だ――」


あの日、二人が誓いを交わした夜。戦乱が続く中、すれ違うことなく、互いの手を取り合った日々。その日から、彼の中にはずっと、沙羅への想いが刻まれていた。


「私は、あなたに何も言わずに去った。けれど、あの時、あなたが示してくれたのは“愛”だけじゃなかった。『戦』だったわ」


「戦……」


遜大は、再び彼女の言葉を噛みしめるように呟いた。


「私がこの地に来たのは、ただ一つ。篝火を守るためだった。だけど、あなたの背負う“戦”が、私の命をも奪ったのよ」


沙羅の瞳には、長年の苦しみと後悔が滲んでいた。


「だから、私はこの村で、あなたを待っていた。そして、篝火がその“剣”をしっかり握るまで、私が彼の道しるべとなると決めた」


遜大の顔が、少しずつ硬くなる。


「だが、あの子が選んだ道は……私が思い描いていたものとは違った。彼が持つ“剣”の力が強すぎて、私ではそれを支えきれなかった」


「……だから、篝火を試すために?」


沙羅はうなずく。


「試すつもりはなかった。ただ、あの子が何を選ぶのか、私は見届けたかった。あの子は……あなたのように、強くなりたかった。そして、何より、私にとっての“最後の誓い”を果たさなければならなかったの」


遜大はその言葉に、目を見開く。


「最後の誓い?」


「はい。私は、あなたの妻として、この戦を終わらせるために生きた。だが、あの子には『血』を背負わせることができない――だから、あなたの“ぽんた”という名で呼び続けたのよ」


静かな言葉の中に、深い想いが込められていた。


遜大は、ただ静かにその言葉を受け止め、目を閉じる。


「俺が選んだ道も、また、あの子に託されるべきものだったのかもしれないな」


沙羅は、微笑んだ。


「そうよ。あなたの道が、もう一つの道を切り開いた。篝火も、それに応えるべき時が来る」


遜大は、少しだけ力を抜いた。


「……ありがとう、沙羅。あの子は、もう大丈夫だろう」


「ええ。彼は強い子よ。ぽんたの息子として、きっと自分の道を歩んでいくわ」


沙羅は、遜大にもう一度微笑んで部屋を出ていった。


遜大は、一人残された部屋でしばらく静かに座っていた。その目に浮かんだのは、長い間自分が背負ってきたものだった。


だが今、彼の心には、何かしらの解放感があった。


息子の選んだ道――それを、今度こそ見守る覚悟が、彼の中で新たに芽生えていた。


(続く)


次回も楽しみに

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