『新たな許嫁』
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朝霧が山を包み、燃え落ちた“深雪の城”は、まるで夢の痕のように静かに崩れていた。
その廃墟の傍らで、遜大は楓の亡骸に白布をかけ、ただ静かに手を合わせていた。
燈火も篝火も、言葉を発せぬまま時が過ぎるのを待っていた。
そこに、重たい足音が雪を踏んで近づいてくる。
「――まだ終わってはいないようだな」
声の主は、“真田夜叉丸”。
彼の背後には、顔を隠した複数の影――その中に、一人の少女がいた。
年の頃は十八ほど。濃紺の装束に、腰に長刀を帯びている。だがその瞳には不思議な落ち着きと威厳があり、ただ者ではない気配を漂わせていた。
夜叉丸が口を開く。
「紹介しよう。名を“柊”という。今川の密偵の血を引くが、あの狂った仕組みから逃れた唯一の娘だ」
遜大が顔を上げ、柊を見つめる。少女は一歩、前に出た。
「私は……あなたに仕えるよう、育てられてきました」
「……俺に?」
柊は頷き、懐から一本の巻物を差し出す。
「これは、母から受け継いだ“密約”です。十七年前、あなたが命を救った密偵の女……その人が、私の母」
遜大が目を見開く。
「……芙蓉、ではないな」
「いえ。母の名は“沙羅”。芙蓉の姉でした」
衝撃が遜大を貫いた。かつて一夜をともにした女――名も告げず別れた、ただ一人の密偵。記憶の底に眠っていたその面影が、柊の面差しの中に確かにあった。
「母は言っていました。『この娘が十七になったとき、もし遜大が生きていれば――その隣に立つ運命だ』と」
「待て……俺はそんな約束を……」
「交わしたのではなく、“遺された”のです。あなたの筆で、確かに“娘を預ける”と書かれていた。母はそれを守った。命と誇りに代えて」
遜大は言葉を失う。
篝火も、燈火も、ただ静かにそのやりとりを見つめていた。
柊が、まっすぐ遜大を見据え、言った。
「私は、あなたの許嫁として育てられました。ですがそれは、あなたに従うためではない。――共に戦うため。未来をつくるためです」
静寂が落ちる。
遜大は、燃え残った城を背に、柊に問いかける。
「お前は……本当に、戦う覚悟があるのか。俺の業を背負って、生きる気があるのか」
柊は答える。
「“ぽんた”と呼ばれた男に、“柊”という名を刻むつもりで来ました。許婚とは、“約束”ではなく、“誓い”ですから」
その言葉に、遜大はようやく微かに笑った。
それは、失われたものの重さを背負いながら、それでも前へ進む者の顔だった。
「……ならば、共に来い。“次の戦”が始まる」
新たな許嫁を迎えた一行は、再び旅路につく。
炎に焼かれた過去を後に、まだ見ぬ運命の果てへと――
(続く)
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次回も楽しみに




