『炎の果てに』
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夜が明けた。
谷に漂っていた黒煙はようやく風に流され、山の木々からは朝露が落ちていた。焼け落ちた古屋敷の残骸のそばで、一行は静かに休息を取っていた。
楓は布に包まれた巻物を抱えて座り込み、その端を指でなぞっていた。
燈火は焚き火の残り火を見つめながら、口を開いた。
「……これから、どうする?」
遜大は一瞬だけ空を仰ぎ、火の名残を背にしてゆっくりと立ち上がった。
「“信濃”に向かう」
「信濃……?」
楓が眉をひそめる。
「そこに何が?」
「“記録の蔵”にあったもう一つの密書に、名があった。“深雪の城”――今川の密偵たちが最後に隠したとされる、“戦の始まり”の記録があるらしい」
「つまり、“桶狭間”以前から仕組まれていた、戦の設計図か……」
和泉がそう呟くと、遜大は静かに頷いた。
「そこに俺の罪の根がある。いや――俺たちの運命を狂わせた、すべての始まりがあるのかもしれん」
篝火が剣の柄を握り直す。
「だったら、行こう。そこで何が見つかろうと、俺は目を背けない」
和泉もまた、小さく息を吐いてから立ち上がった。
「“深雪の城”は簡単には入れない。冬は雪で道が閉ざされる。しかも、あそこは“消えた将”が住むという噂まである」
「消えた……?」
燈火が反応した。
「それって、“信玄の影武者”の話?」
「……噂じゃない」
楓が立ち上がり、言った。
「私も聞いたことがある。信玄の死後、姿を消した重臣が、ある秘密を抱えて信濃の城に籠もったと」
遜大が、焚き火の燃え残りを踏みしめる。
「ならば、そこへ向かおう。“真実”は、そこにある」
風が、山を抜ける音がした。
それは、静かだがどこか鋭く、まるで新たな試練の訪れを告げる笛の音のようだった。
——そして数日後。
雪をかぶる信濃の山道を、遜大たちは進んでいた。
そこは、人の気配も絶え、獣の足跡すらすぐに雪でかき消されるような世界だった。
「……この寒さ。まともに戦えそうもないな」
篝火が吐く息は白く、指先は赤く冷えていた。
だがその時、前方の山道に、朽ちかけた鳥居と、苔むした門が現れた。
その上には、風に揺れる古びた布が一枚。
――そこには、黒い筆でこう書かれていた。
「来たか。“火を継ぐ者”よ」
「……待っていた、というのか?」
和泉が警戒を強める中、門の奥から、かすかな足音が近づいてくる。
そして現れたのは――
白髪に包まれた、老いた男。
だがその目には、今も刀を抜けば千人を斬れると信じさせる“覇”が宿っていた。
「……ようやく来たな、梨鍋遜大」
「……誰だ、お前は」
男は、ゆっくりと答えた。
「拙者は、“真田夜叉丸”。信玄公の“影”を継ぎし者。
――お主の罪も、今川の崩壊も、“すべて知っておる”」
風が、雪を巻き上げた。
物語は、いよいよ“戦の真核”へと踏み込もうとしていた――。
(続く)
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次回も楽しみに




