『裏切りの和泉』——
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火の手が谷を包む中、黒馬に跨った和泉は、かつての仲間を冷たい眼差しで見下ろしていた。
「……久しいな、燈火」
その声はかつての柔らかさを失い、鋼のように冷たく研ぎ澄まされていた。
燈火は一歩、前へと出る。
「……どういうつもりだ。私たちを、敵に回すというのか」
「“敵”……? それを最初に選んだのは、あなたたちのほうではなくて?」
風に揺れる和泉の黒髪。その背後では、今川の旗の下に集った兵たちが静かに弓を構えている。
篝火が低く構える。
「父を狙っているのか……?」
和泉は少しだけ笑みを見せた。それは、哀しみすら含んだ微笑だった。
「“梨鍋遜大”――あなたは、すべてを燃やした。その罪が、今になって燃え広がっている。私はそれを止めるために来たのよ。貴方を、討つことで」
「……本気なのか、和泉」
遜大が、まるで何かを確かめるように問う。
「お前まで、俺を討つというのか」
「……あなたは、何も変わらなかった。楓を、燈火を、そして今は篝火までも連れ回し、自分の罪から逃げている」
「逃げてなどいない!」
篝火が叫んだ。
「父は……もう向き合っている! 俺たちは、過去を断ち切るために――」
「ならば証明してみせて」
和泉がその言葉を遮る。
「私たちの軍はすでに谷を包囲した。あなたたちが『正しき者』であるなら、ここで抗い、生き延びてみせなさい。それが、試練よ」
そして、彼女は手を振り上げた。
「――放て!」
一斉に、火矢が放たれた。
燃え盛る谷の中、遜大たちは四方から迫る攻撃をかわしながら、古屋敷の裏手へと退いた。
「裏道があるはずだ。古い逃げ道が!」
遜大が先導し、燈火と篝火が援護、楓が背を守る。
「くっ……この地の構造、完全に読まれている……!」
楓が苦々しく呟く。
そのとき、篝火が振り返った。
「姉上……!」
和泉の姿は、炎の中に見え隠れしていた。馬を降り、自ら剣を手にしてこちらへと迫ってくる。
「和泉!」
燈火が叫ぶ。
「なぜそこまでして、遜大を……!」
和泉の声が、炎を背にして届いた。
「私は“今川家最後の密偵”……忠義に殉ずる身よ。そして――」
その瞳が、ただ一瞬だけ揺れる。
「……遜大を、愛していたから」
その一言に、誰もが言葉を失った。
「だから、彼の罪を見逃すことができない。彼が歩く先に、また誰かが泣くのを……もう、見たくない」
――その言葉と共に、和泉は剣を構え、谷の炎を越えて踏み込んでくる。
燈火が前に出ようとしたとき、遜大が静かに手を伸ばして止めた。
「……俺が、行く」
父と、かつての愛が、剣を交えようとしていた。
そしてそれは、遺された者たちにとっても、重大な選択を迫る瞬間となる――
(続く)
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次回も楽しみに




