『記録の蔵』
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闇の中で交錯する剣閃。
篝火の刃は迷いなく、正確に鴉羽へと迫る。だがその一撃は、寸前で弾かれた。
「速い……!」
鴉羽は風のように身を翻し、面越しに篝火を見据える。
「血の力だけでは、俺には届かぬぞ、小僧」
それでも篝火は怯まなかった。遜大譲りの体捌き、そして鋭い踏み込み――。周囲の伏兵たちも、次々と彼の前に倒れていく。
一方、燈火は地下の壁際を走り抜けながら、敵の動線を断ち切っていた。
「遜大! 篝火を援護して!」
「わかっている!」
遜大は剣を抜き、今はかつての“浪人”の顔ではない。全盛期の“梨鍋の鬼”がそこにあった。
鴉羽がそれを見ると、初めて声に出して笑った。
「そうだ、それでこそ……ぽんたよ」
数手交わすうちに、篝火の刃が鴉羽の袖を裂いた。その瞬間、地下蔵の奥から、何かが鳴った。
――ギギギ……。
壁の裏から、機構の音が響いた。
「っ、燈火!」
燈火がすぐに走る。崩れかけた石壁の一部が、音を立てて開いた。
そこには、封印された木箱と、今川の家紋が刻まれた巻物が並んでいた。
「これが……“記録”……」
楓がそれを見て呟いた刹那、鴉羽の声が響いた。
「触れるな。それに触れれば――この国は、また焼けるぞ」
だが燈火は迷いなく、木箱を開いた。
そこに納められていたのは、一振りの短刀と、一通の文――
「……これは……」
楓が巻物を手に取り、読み上げる。
『もしこの文を開く者が、今川を継ぐべき者ならば、我が血の罪を知るがよい。
今川義元は、織田との戦いを望んではいなかった。
それを戦へと導いたのは、裏で“火付け”を働いた、ある密命の者である――』
楓の手が止まる。
一同の視線が、その先の名を追う。
『名は――梨鍋遜大』
空気が凍った。
「……お前が、“桶狭間”の裏切りの首謀だったというのか……?」
燈火が呟く。
遜大は、何も言わなかった。
ただ、その場に立ち尽くし、遠い過去を見つめるように、口を開いた。
「……あれは、“正義”だったと思っていた。戦を止めるため、血を流した。だが……」
鴉羽が、低く囁いた。
「お前は“火”をつけたのだよ、ぽんた。“信義”という名の油に」
遜大は、ゆっくりと篝火に顔を向けた。
「……それでも、お前は俺の息子でいてくれるか?」
篝火は、剣を鞘に納め、真っ直ぐ父を見た。
「俺は、お前が犯した過ちを越える。そのために生きる。だから……」
「だからこそ、俺はここにいる」
父と子が、初めて真に向き合った瞬間だった。
だが――その静けさは、地下の天井を揺るがす爆音によって、破られた。
「外だ! 爆破の音……!」
楓が叫ぶ。
遜大たちが地上に駆け戻ると、谷を取り巻く尾根に、幾つもの火の手が上がっていた。
「包囲されている……!」
「誰が……!」
その時、谷の向こうから馬の蹄音と共に現れた一団があった。
その先頭に立っていたのは、漆黒の鎧に身を包み、かつての今川家の大将旗を掲げた――
「……あれは、“和泉”……!」
燈火の目が大きく見開かれる。
“裏切りの密偵” 和泉――
かつて仲間であったはずの彼女が、敵として姿を現したのだった。
(続く)
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次回も楽しみに




