『織部の谷にて』——
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山を越え、霧の尾根を三つ渡った先に、“織部の谷”はあった。
かつては小藩の隠し砦として機能していた谷間の集落。今は廃れ、苔むした石垣と崩れかけた屋敷だけが、その名残を留めていた。
「ここに、真実がある……か」
遜大は、長い沈黙の末にそう呟いた。
燈火は四方を見渡し、誰よりも先に足を踏み入れる。
「足跡が新しい。誰かが、最近ここを訪れている」
楓もまた、剣に手を添えたまま谷の奥へと歩を進める。
篝火は遜大の隣で、今はまだ多くを語らず、ただ黙って父の背を見つめていた。
谷の中心にある、蔦に覆われた古屋敷。その奥に、地下へと続く朽ちかけた階段が口を開けていた。
「これが……」
「“記録の蔵”だ」
遜大が低く言った。
「今川が滅びる前、極秘に設けた“血筋と継承”に関する記録を残す場所だ。俺も一度だけ、ここに足を踏み入れたことがある」
「……血筋?」
楓が言いかけたその時、突如、地下の闇から声が響いた。
「遅かったな、ぽんた」
その名を呼ぶ声に、遜大の全身が強張った。
ゆらりと、闇の中から現れたのは、痩身の男。黒ずくめの装束に、面をつけている。
だが遜大は、その歩き方だけで誰かを悟った。
「……“鴉羽”か」
「懐かしいな。お前に拾われ、捨てられた俺が、今や“選定者”の代行を務めているとはな」
「“選定者”……?」
燈火が眉をひそめる。
「今川の“血”を巡って、新たな戦の火種が撒かれようとしている。“篝火”はその鍵か」
「ふざけるな!」
篝火が前に出ようとした瞬間、鴉羽が指を鳴らす。
地下から一斉に飛び出してきた黒装束の影たち――
「伏兵……!」
楓がすかさず応戦し、燈火も刃を抜いた。
刹那、谷間に金属の響きが鳴り響く。
その只中、鴉羽は篝火に向けて、凍りつくような声で言い放った。
「さあ選べ。“父の血”に従うか、“力”に従うか」
「俺は――!」
篝火が叫び、刀を抜いた。
「父と共に戦う。それが、俺の選択だ!」
その刃はまっすぐ鴉羽へと走る。
鴉羽の面が、わずかに傾いた。
「ならば、殺して証明してみせろ。“業火”の名にふさわしいかどうか――」
闇の蔵の中、篝火の刃と過去の亡霊たちの戦いが始まった。
——そして、血の記録が明かす“真実”は、まだその扉を開けてはいなかった。
(続く)
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次回も楽しみに




