流転の刻(るてんのとき)
続きから
荒れ寺に和泉の姿が消えてから数日、遜大たちは次の動きを定めることもなく、ただ静かに時をやり過ごしていた。楓は昼夜問わず遜大の傍に寄り添い、燈火は廃寺の奥に籠もっては情報収集と戦の準備に余念がなかった。
だが、静寂は長くは続かない。
ある夕暮れ、燈火が山道を駆け戻ってきた。息を切らし、額に汗をにじませながらも、凛とした瞳は確かな危機を映していた。
「信長の追手が、もうすぐここに来る」
「……もう嗅ぎつけたのか」
「和泉が知らせたとは思いたくないけど、敵の忍びが動いてる。山の向こうに、夜襲の準備をする兵の影があった」
遜大は立ち上がった。
「逃げるしかないか」
だが、燈火はかぶりを振った。
「無理よ。包囲されてる。正面突破しか道はない」
楓が唇を噛んだ。
「でも、それは……!」
「やるしかないさ」
遜大は静かに刀を手に取った。その刃は幾度も戦場で血を吸い、彼の生き様を映してきた。
「今ここで倒れれば、それが俺の最期ってだけの話だ」
その時だった。廃寺の門前に、一陣の風のように、黒装束の影が立った。
「……遅かったか」
その声は、和泉だった。
「来たのか」
「ええ。最後に、助けに」
遜大は目を見開いた。
「助ける? 俺を?」
和泉は微笑んだ。
「信長は、あなたを“見せしめ”にしたいと思っている。私が内側から撹乱すれば、隙ができる」
「裏切るのか……?」
「違うわ。ただ、本当の主に従うだけ。私の心が、選んだ主に」
和泉のその言葉に、楓も燈火も息を呑んだ。
遜大は、ゆっくりと刀を収めた。
「……なら、俺たちも乗ろう。その賭けに」
こうして、四人の逃亡者は、信長の包囲網を抜けるべく最後の戦いへと動き出した。
——
夜半、山を駆ける遜大たちの前方に、黒煙が上がった。
「和泉……!」
燈火が驚きの声を上げる。
「敵の野営に火を放った!? 一人で!? 無茶すぎる!」
だが、その炎の中、和泉はなお生きていた。
「行って、今しかない!」
彼女の叫びに押されるように、遜大たちは山を越え、闇にまぎれた。
和泉の姿は、炎の中に消えていった——。
楓は涙を堪えながら、振り返らずに走った。
「必ず迎えに行く。生きていろ、和泉」
遜大の声は、夜の森に吸い込まれていった。
こうして、再び命を繋いだ三人は、信長の影を背に、新たな地を目指し走り出した。
——だが、彼らの旅路に安息はなく。
戦乱と陰謀の渦は、なお深く、彼らの運命をのみ込もうとしていた。
(続く)
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次回も楽しみ




