揺らぐ影、揺らぐ心
続きから
夜の山道を抜け、遜大・楓・燈火の三人はようやく人里離れた山寺へとたどり着いた。
そこは廃寺同然の荒れた場所だったが、三人にとっては束の間の安息の地となった。
「……ここなら、しばらくは安全だと思う」
燈火は、静かにそう呟いた。
「ここに忍び込める者は、もう忍びしかいないからね」
「燈火、お前……あの時、俺らを助けたのは偶然か?」
遜大が問うと、彼女は一瞬目をそらし、そして静かに頷いた。
「偶然じゃないよ。あんたが信長の女を奪ったって話を聞いて、すぐわかった。ぽんたならやりかねないって」
「……なんか、ひどいな」
「でも、それがあんたらしいって思ったから……私、動いたんだ」
その言葉に、楓はかすかな嫉妬の色を瞳に浮かべた。
「……二人は、昔からの知り合い?」
「幼馴染だよ。小さい頃は、よくこの人の尻拭いばかりしてたの」
燈火が微笑むと、遜大は頭をかいた。
「言うなって、そんな恥ずかしい話を……」
「ふふ、でも、あの頃のあなたは素直だったわ」
その時、山寺の奥で物音がした。
燈火がすぐに反応し、刀に手を添えた。
「誰か来る——」
現れたのは、一人の女。黒装束を身にまとい、顔を半分覆ったその姿は、どこか妖しさすら感じさせた。
「久しぶりね、ぽんた……」
遜大は凍りついた。
その声——忘れるはずがなかった。
「……和泉……!」
和泉。今川家の密偵であり、遜大がまだ織田に仕官する前、密かに想いを交わした女だった。
だが彼女は、今では信長に寝返り、遜大を追う“敵”になっていた。
「まさか、あなたをこの目で見つけるとは思わなかった……」
「なぜ来た、和泉」
「命令よ。あなたを捕らえて、信長の前に引きずっていけと」
和泉の目に、哀しみの色が滲んでいた。
「でもね、ぽんた。私は……あの時から、ずっと……あなたのこと、忘れたことなかった」
「和泉……」
楓が一歩前に出る。
「彼は、もうあなたのものじゃない」
「ええ、わかってる。でも、心は……奪われたままよ」
三人の女が、それぞれに遜大を見つめる。
——そして、和泉はゆっくりと刀を抜いた。
「ぽんた。私はあなたを斬らない。けれど、あなたが誰を選ぶか、今ここで見せて」
「……!」
その言葉に、楓も燈火も刀に手をかける。
一瞬の沈黙ののち、遜大が口を開いた。
「選べるわけがないだろ……誰かを選べば、誰かを傷つける。俺には、そんな資格はない……!」
「だったら——生き延びて答えて」
和泉は一歩後退し、煙玉を投げた。
「今は退く。でも、また会いに来る。その時……答えを聞かせて」
煙の中、彼女は姿を消した。
その場に残された三人。
燈火がぼそりと呟いた。
「相変わらず、女泣かせだね、あんたは」
「……すまん」
「謝るくらいなら、もう誰も死なせないで」
その夜、遜大は眠れなかった。
楓も、燈火も、和泉も。
彼を巡る運命は、もはや戦場と同じように血と欲望の渦に巻き込まれようとしていた——。
(続く)
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次回も楽しみに




