影の追走
続きから
遜大と楓が信長の城を脱出してから、すでに三日が過ぎていた。
逃亡の末、二人は美濃と伊賀の境にある山中に身を潜めていた。夜には焚き火も焚かず、水と乾いた飯だけで凌ぐ生活。だが、それでも二人は寄り添い、わずかばかりの安らぎを求めていた。
「ぽんた……あなた、まだ傷が開いてる」
楓は布を湿らせて遜大の肩の深手を拭っていた。その手つきは震えていたが、懸命だった。
「心配するな。こんなもの……昔、野武士に腹を刺された時に比べれば……」
遜大は強がって笑うが、血は止まっておらず、痛みに顔を歪めた。
「ふふ……そう言う時ほど、男の人はすぐ死ぬのよ」
「じゃあ、死なないように、そばにいてくれよ。お前の手が一番、あったかい」
楓はしばらく黙った後、小さく頷いた。
——だが、平穏な時間は長くは続かなかった。
その夜、二人が隠れていた小屋の周囲に、草を踏みしめる音が広がった。
「追手……!」
遜大はすぐに楓を抱き寄せ、奥の隠し扉を開けた。
「ここから山道を抜けて北へ行け。俺は時間を稼ぐ」
「だめ、ぽんた……!一緒に行くって……!」
「俺がいなくても、お前は生きてくれ」
楓は涙を流しながら、それでも最後まで彼の手を離さなかった。
——その時。
「おい、まだ早いぞ」
草むらの影から、女の声がした。
現れたのは、くのいち・燈火。
遜大の幼馴染であり、伊賀から送り込まれた密偵だった。
「お前……!」
「まったく、相変わらず女難な奴ね。あんたらの逃げ道、作っといた。ついてきな」
燈火の登場で、遜大と楓は再び道を得た。
だが——燈火の目には、どこか言い知れぬ寂しさが宿っていた。
「今だけだからね……私、昔あんたのこと……」
彼女の言葉は途中で切れた。
遜大はただ、一度だけ小さく頷いた。
「ありがとう。命、借りる」
三人は夜の山道を駆け抜け、さらに遠く、信長の手の届かない地へ向かっていった——。
——だが。
信長もまた、密かに動いていた。
「ぽんた……ふん、逃げたつもりか。俺の女を奪っておいて、ただで済むと思うなよ」
信長は新たな密偵を放った。
しかも——それは遜大がかつて情を交わした、もう一人の女だった。
(続く)
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次回も楽しみ




