「燃ゆる刻」
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夜が明けると同時に、戦の鼓動が大地を震わせた。信長の本陣では、昨夜の刺客襲撃の影響も感じさせぬほどの活気が満ちていた。軍勢の士気は高まり、信長の側近たちは次の一手を練っていた。
梨鍋遜大は昨夜の戦いの余韻を引きずりながら、幕舎の外で朝の冷たい空気を吸い込んだ。隣では、くのいちである幼馴染の**綾那**が静かに佇んでいた。
「……まだ信じられん」
遜大が呟くと、綾那はわずかに口元を歪めた。
「何が?」
「お前が、俺を助けるためにここまで来たことだ」
綾那は遜大をじっと見つめ、少しだけ眉を寄せた。
「昔の縁……そう思えばよい」
「それだけか?」
「……それ以上を望むか?」
遜大は言葉を詰まらせた。彼の脳裏には、幼い頃、共に走り回っていた日々がよぎる。
しかし、今は戦の最中。そんな甘い記憶に浸る余裕はなかった。
そのとき、幕舎の奥から信長の声が響いた。
「ぽんた、入れ」
遜大は綾那と一瞬だけ視線を交わし、信長の元へ向かった。
信長の決断
信長の前には、昨夜の戦いで倒れた刺客の一人の首が転がっていた。すでに血は乾き、その顔には恐怖の表情が刻まれている。
「見ろ。昨夜の奴らの中に、今川の密偵がいた」
信長は冷たい眼差しを遜大へ向けた。
「……俺に何をさせたい?」
「決まっておろう。お前には再び潜り込んでもらう。今川の内情を探れ」
遜大は拳を握りしめた。過去に一度、意図せず情報を漏らし、信長の不信を買った。そして今、再び同じ立場に戻されるというのか。
「……疑っているのか?」
信長は微笑んだが、その目は笑っていなかった。
「お前を疑わぬほど、俺は甘くはないぞ」
遜大は口を噤んだ。信長は続ける。
「だが、お前が使える駒であることも確かだ。だからこそ、もう一度試してやる」
遜大は静かに頷いた。それが、生き延びるための唯一の道だった。
潜入任務
遜大は密かに今川の陣へと潜り込んだ。
変装し、名を偽り、今川軍の兵士のふりをして歩く。敵陣の規模、兵糧の量、士気の高低——すべてを記憶し、織田へ持ち帰らねばならない。
だが、運命は彼を弄ぶ。
ある幕舎の前を通りかかったとき、不意に声をかけられた。
「そこにいるのは……遜大?」
遜大は振り向き、息を飲んだ。
そこに立っていたのは——かつて彼が愛した女、**柳原和泉**だった。
彼女は今川義元の側近の娘であり、遜大が信長に仕えていたころ、禁断の恋に落ちた女性だった。
「……なぜ、ここに?」
和泉は驚きと困惑の入り混じった表情で彼を見つめた。
遜大の脳裏に、あの頃の記憶がよみがえる。二人で過ごした夜、交わした言葉、そして……信長に見つかり、引き裂かれた日。
「俺は……」
何を言うべきか、分からなかった。
だが、和泉は微笑み、囁いた。
「あなたを信じていいの?」
その言葉に、遜大は心を揺さぶられる。
だが、そのとき——
「何をしている!」
鋭い声が響き、二人の間に影が落ちた。
今川の兵が警戒の目を向けていた。
遜大は咄嗟に身構えた。
ここで正体がバレれば、すべてが終わる——!
(続く)
次回を楽しみに!!




