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君が金魚鉢を持つと花火のように“パっ”と開いたその顔が歪む  作者: 豚煮豚


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 喧嘩は単なる一瞬の出来事であった。

そう錯覚させるのには十分な内容の連絡が来た。

錯覚していると勘違いしているのか。

まだお互いに帰省をしていない。

すぐに帰省することにはなる。

終わらせたがっている僕がいるだけのような。

なんにも考えていないような僕はそれを読む。

「新潟にいる祖母が倒れた」という短い文。

秋分よりも早くに帰省することとなった彼女からの事務的なメッセージだ。

これを受けてどうすればいいのか。

心配の連絡をするような関係だっただろうか。

これから違う道へ行くはずの僕にそれを告げる理由はなに。

やはり単なる一瞬の出来事だったのか。

それとも、中途半端に繋がった糸を断ち切ろうとしているのか。

こちらから動こうとは思えない。

これが最後の連絡だったとしても構わなかった。


 胸騒ぎの中でなにを待つわけでも待っていた。いや、これが終わりかどうかを確かめていたのかもしれない。終わりならばもうなにも連絡はやってこないだけなのだ。それを待っていたのかもしれない。しかし、そんな心中の僕にまたしても連絡がやってくる。

連絡を待っていたような気持ちに変化した僕はそれを見る。

心はカメレオンのように急激に色を変える。

終わらせたいのか終わらせたくないのか。

もう終わると思っているのか。

なんにしても自分という人間に芯がないことだけは間違いない。

とにかく、流し読んだ内容は深刻なようだった。

文面でもわかるほどに苦しそうにしていた彼女。

「倒れた」という連絡を受けてからすぐに取った新幹線の席。

突然取ったそれはまだまだ発着しない。

だから仕方がなく家の中で一人で“ジッ”その時を待つ彼女。

そうしていると心が苦しくなった。

耐えられなくなって“ボロボロ”の関係値の僕に連絡してきた。

「待つ」という簡単なことさえできなくなった彼女が家にやってくる。

流し読みしたそれには意味深な言葉も添えられている。

「伝えなければならないこともあるから」

意味しかないような言葉が文末にあった。

なにがなんだかなにもわかっていない僕の元へとやってくるのだ。

張りつめた状況は切れそうな線だ。

解れた糸は一本の線になっていた。

どちらかの不注意で簡単に千切れてしまう。

次に糸が千切れたら恐らくもう終わりだ。

終わったと思っていたのだ。

終わっていなかっただけありがたいと思わなければならない。

ありがたいと思わなければならないと思っている。

つまりは心の底からありがたいとは思っていないということ。

少なくとも今の自分はそれが適応された。

ここでなにかに期待できるほど純粋ではない。

中途半端にこの街の住人の僕がいた。


 チャイムが鳴った。

何度も何度も鳴ったチャイム。

今も何度も何度も鳴っているそれは不安がやってきているみたいだった。ずっと誰かが来ることに不安を感じていた僕は、この家に来る人が自分とは違う人間であることをわかっていた。配達員以外にそれを鳴らすのは一人だけ。恐らく今も鳴らしているその人だけ。

来訪者だ。

来訪者はこの家の人間ではない。

ごちゃごちゃな感情で苦しんでいる彼女だ。それを迎え入れる僕もぐちゃぐちゃだった。終わりを告げるためにやってくる来訪者。その人以外にここに入ろうとする人なんていない。この街に存在する価値がない一室だ。不自然な建物に住んでいる自然な動物だ。

これは超能力のようだ。

会ってないのに会ったようにわかる。誰がここに来たのかわかる。この能力は被害妄想のように膨らむ。頭の中にいる彼女は死神のようだ。そして、扉を開けたところにいた彼女も死神のようだった。死神のように不吉な存在だった。なにかをこの家から持って帰ろうとしているように思えて仕方がなかった。

汗を“ダラダラ”流しながら金魚のいる家にやってきた彼女。

平常心を失った彼女はここにいる時間すらも惜しいようだった。

時間を潰すためにここへやってきていたはずなのに。

それほどまでに「伝えなければならないこと」は重たいことなのか。

耐えられるだろうか。

共倒れにしようとしているのではないか。

精神的な心中をしようとしているのではないか。


「ごめんなさい。あんなことを言ったのにまたここに来て」

「そんなことはいいんです。しかし、大丈夫でしょうか?」

「まだわかりません。わかりませんが、とにかく会いに来なければと思い、ここにやって来ました」

「時間は大丈夫なのですか?」

「大丈夫です。大丈夫なはずです」

「そうですか」

「早速本題に入りましょう」

「え? 本題とはなんのことでしょうか?」

「『伝えなければならないことがある』と伝えたその中身です」

「そうですか」

「ハッキリさせておきたかったのです。もう、私はこの街から出ていきます」

「え? それはどうして?」

「私はこの街が大っ嫌いでした。ですから、この街に馴染まない貴方に共感して、一緒に居たいと思えたのです。貴方の不幸が私にとっては宝石のように輝いていました」

「僕の不幸……」

「ですが、わかりました。やはり、不幸は不幸でしかないのです。貴方の居る日常はとても素敵でしたし、そこにはたしかに幸福がありました。しかし、やはり不幸は不幸でしかなかった」

「……それならば大丈夫です。僕と一緒に僕の地元で一緒の仕事をすれば、きっと今の僕からは考えられないほどの幸福がそこにはやって来ます。そのはずです。信じてください」

「申しわけありません。私の心はもう決まっています。私は地元に帰ります。もちろん、やらなければならないことが山積みなので、またここへ戻ってくることもあるでしょうが。その時にはまた会いましょう。私は貴方のことが嫌いになったわけではないのです。ひたすらに不幸が嫌いなだけなのです」


 気が動転している。暗転して別の場面へ切り替わってしまいそうだ。立っていることが最大の目的。呼吸が乱れているのか、手足が痺れてきた。ここに立っているだけで疲れてしまう。このまま力なく倒れてしまいそうなほどに無力だ。身体的にも精神的にもどこまでも脱力してしまった。どの方向へ向かうベクトルもない。

ここに来た理由は?

これが理由なんだろう。

不幸であることを言いに来たのだろうか?

今までずっと不幸であったことを言う必要があったのだろうか?

不幸とともに時間を過ごしていたなんて言う必要があったのだろうか。

不幸な僕の存在を強調する必要などあったのだろうか。

どうしてこんなところに来てしまった?

これを伝えるために来たのだろう。

気の迷いでしかないように思う。

どちらにとって気の迷いだったのか。

はじめからこんな関係なんてなければよかった。

こんなところに来なければよかった。

こんな街に来なければよかった。

やはり、終わりが来た途端に動揺する僕。

前と一緒だ。

感情があるのに感情なんてないフリ(・・)をしている。

ひたすらにそれの繰り返しだ。

こんな箱のような部屋の中で生きていくのなんてごめんだ。

やっぱりもうごめんだ。

なにがあったとしても実家に帰る。

お互いに帰省をするのだ。

こんなところにはもう居られない。

こんなことを続けることはできない。

終わった。


「まだ、まだ話せる時間はありますよね?」

「もちろんです。そんなに長話はできないかとは思いますが」

「では話をしましょう」


 短い時間でチャンスを掴むことは難しかった。

なにを掴もうとしていたのかすらわからないのだ。

それは当然の出来事であるとしかいいようがない。

時間的制約がある僕らにはゆっくりしている時間などない。

月のような金魚を眺めている時間もなかった。

あるべきだったのはどこまでも真摯に向き合う気持ち。

どうせここで終わるならばせめて最後だけは自分でありたい。

そんなことを思っても自分という物が未だにわからないのだった。

どこに帰れば自分がいるのかわからない。

人間と向き合う度胸もない僕がなにかを変えることなんてできなかった。

自分という人間に向き合うこともなにをすることもできない。

ひたすらに死へ向かっているだけだ。

彼女が欲しがったものさえわからないまま、この世界は壊れようとしている。

どこまでもなにもわからない。

一木難支(いちぼくなんし)を叩きつけられている。

今からどれだけ必死になろうが、ありとあらゆる繋がりは消えていく。

それを望んでいたかのような自分はどこかへ消えてしまった。

今ここにあるのは単なる僕だった。


 まだ時間はある。

震えている彼女がここにいる間になんとかしなければならない。

今生の別れのように思う。

やるべきことなどない。

だからもはやなにをしてもなにを言っても無駄でしかない。

無駄な別れの中にある。

いや、でも、もしかすると本当に別れたら心が割れるかもしれない。


 露のようだ。

全部が露のように小さくて美しい記憶だった。

太陽光を反射して“キラキラ”と輝くのだ。

そしてそれは時が来ればすぐに蒸発する。

もし仮に露が蒸発しなければその場所にはカビが生えてしまう。

腐ってしまうのだ。

ただ一時だけの存在であるべき物だ。

長い付き合いになるような物ではない。

きっと、露のような僕たちもそうだった。

“キラキラ”と輝く記憶だけでよかったはずなのに、いつまで経っても蒸発することができなかった。だから、この場所にはカビが生えて、腐り落ちていく。

美しかった思い出ごと腐って落ちる。

どこまで落下していくのだろうか。

ここはどこなんだろうか。

草木であれば土へと還るだけ。

窓ガラスであれば結露として落下し、サッシを腐らせる。

そんなことを考えてみたが無駄だった。

なぜならば露のようであるというのは単なる願望だったから。

自分たちは人間でしかなくて、社会の中にしか存在できない。

そのような結論が出ると全てがくだらなく感じる。

この後に待っている余興のような揉め事さえもくだらない。

これから先になにがあるのかはわからない。

しかし、とにかくもう帰ろう。

自分の考えていることがなにもわからない。

魚みたいに単純な生き物になってしまった。

金魚に惹かれていたのは僕自身に金魚なみの知能しかないからだった。

だから金魚に恋い焦がれてしまったのだ。

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