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君が金魚鉢を持つと花火のように“パっ”と開いたその顔が歪む  作者: 豚煮豚


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 秋のお彼岸は帰省することになっている。

望む望まないは関係なくそうなってしまっている。

親の金で生活をしている不定職者の僕がそれを断れる理由などない。

秋分の日からの三連休を使い、お墓参りや親戚への挨拶をする。

離郷してから何度かそのようなことをしている。

しかし、年々周りの視線は厳しくなるばかりだ。

そうでなくても苦手な酒を飲まなければいけないということで億劫なのに。

重陽の節句から飲むようになったお酒。

人並み程度には酒に親しみがあるはずだ。

しかし、向こうで飲まされる量は尋常じゃない。

酩酊状態の僕は自分らしくないようなことばかりしてしまう。

いわゆる日本式の盛り上がり方をしてしまうらしい。

向こうはそれが面白いのだそうだ。

それ自体が面白くない僕が居た。

そんな環境にいると自分はお酒が苦手であるとしか思えなかった。

断りたいという気持ちもやはり年々強くなっていく。

だが、やはり断れる理由などどこにもなかった。

郷土愛がないわけではない。

久しく会っていない僕に対して矢継ぎ早に繰り出される質問。

さらには田舎特有の過度なもてなしは精神を衰弱させるには十分だった。

どうしてあれほど閉鎖的で社会的なところから来た僕に社会性がないのか。

おそらく受け身でも人間と関われる環境に慣れてしまったのだろう。

結局のところ、この世界は自分から動かなければなにも変わらない。

まずは自分から変わらないといけない。


 そんな願望を考えていた僕の元に両親から便りが来た。

いろいろなことが書かれていたが主な用件は二つ。

一つは恋人のこと、そして、一つは仕事のこと。

どうやら向こうは向こうで気を病んでいるらしい。息子のために行動を起こしてしまうほどに心配しているようだ。恋人のことにしても、仕事のことにしてもそう。とにかく積極的な両親はなにもできない僕のためにいろんなことを用意してくれる。そしてそれは当たり前のことではない。だが、ずっと同じ親と接してきた僕にとっては当たり前でもあった。そんな中で負い目のある僕が当たり前のことで動揺してしまうのも当たり前だ。

常識的な世界でも傷は生まれてしまうのだ。

正論の世界においては怪我が絶えない。

それならば常識など捨て去ってしまえばいいのに。

「早く噂の彼女を連れてくるように」というような言葉もあった。

それは重たい。

もしあのまま蒸発してしまっていたら今度の帰省は今よりも億劫になっていた。

あのときの気が動転していた僕にそんな苦難がやって来ていたら。

もし仮にそんなことになっていたら人間のフリをするのも難しかったはずだ。

そう考えると喧嘩などしない方が良いに決まっている。

お互い、いい大人なのだ。

積極性の有無で揉めるようなことはしてはいけない。

もちろん、臆病な僕ももう少し踏み込んだ話をしないといけない。

自覚的に生きていかなければいけない。

流れに任せる人生にはようやく限界が来た。

しかし、それを考えると就職活動をする必要がでてくる。

今の自分にとってもっとも足りない積極性とはそれと言っても過言ではない。

どこかで踏み切らなければいけない。

とはいえ絶対に必要というわけではない。

それでも、くだらないプライドを持っている僕は仕事をしないといけない。

全てを放棄するという選択はまだ取ることができない。

しかし積極的になるためにはくだらないプライドを捨てなければいけない。

くだらないプライドを捨て自分の生き方を放棄しなければならない。

矛盾しているような状況だ。

とにかく動かなければならないことだけが確かだ。

動くことはできるはずだ。

両親はすでに動いている。

動きたくないであろう僕が動きやすいようにしてくれていた。


 片方の用件を見ると絶望感だけが募る。

しかし、仕事の用件は意外と悪いだけではなかった。

さっき考えたこととも合致するようなことだった。

矛盾しているような状況だったが、そうではなくなるかもしれない。

人生が無色透明(むしょくとうめい)になっていく感じがした。

最近、地元が好景気に湧いている。

ここでもニュースになっているが外資系の企業の工場がやってきたからだ。

海外からやってきたその工場によって雇用が発生している。

地域全体が人手不足にあえいでいるそうだ。

人手不足が発生すると自然と給料は高くなる。

それにともなって景気がよくなっているらしい。

便りの中にあったもう一つの用件。

両親の知り合いがやっている店に人手が足りないらしい。

ちょっとした家具屋を営んでいる知り合い。

周辺の地価も高くなり、引っ越しをする人が増えている。

そして循環するように越してくる人も増えている。

入れ替わろうとしているのだ。

積極性のようなものの影響で違う存在になることを余儀なくされているのだ。

足りない人手は奇遇なことにちょうど二人分。

給料もそれなりにいい。

ここと比べても大きく見劣りするわけではない。

それに、稼ぎがない僕が働くようになれば今の暮らしよりもよい暮らしができる。

間違いなく今よりもお金は貯まっていくだろう。

言ってみる価値はあるかもしれない。

働きたいであろう彼女にとっても悪い話ではない。

ここにいる彼女はいつも辛そうにも見える。

本当に辛いのであればいい話でしかないはずだ。

閉鎖的な僕の故郷に馴染めるのかはわからない。しかし、話をしてみるだけならいいだろう。話をしなかったことによって蒸発しそうになったわけだから。積極的にならなければいけない。なにがあっても動かないといけない。それだけのことを考えればこの関係は続いていく。それだけでなく世間体の問題も解決する。最初っから動かないといけなかった。


 動けば動くだけ深く沈んでいた泥。

もうすでにそこからは抜け出している。

身体に付着した泥を払うかのように“ブルブル”と震える。

どうしようもないほど寒気がしていた。

電気を纏った檻の中にいた犬。そんな彼は檻が消えたとしても電気を恐れて外に出られない。人間である僕はもっと理性的ではある。しかし、それでもこの一線は越えていいものなのか悩む。仕事に触れて電撃のようなショックを受けた僕はすぐに外へ向かうことができない。それを理性でなんとかする必要がある。

選択肢など他にない。その上、これを言ったところで問題なんてどこにもない。

頭ではやるべきだとわかっており、どうせやることもわかっている。

躁鬱という症状ではなかったはずなのに、異常にやる気がある僕。

自分であれば間違いなくこれを口にすることをわかっている。

それはある種の直感のような物で確証があるわけではない。

曖昧で揺れ動くことになる確信がたしかに存在した。

これを否定する理由など全くない。

とうせいつかはこの日々にも終わりはやってくる。

それを考えるとどこかで押し出されるように踏み切るはずだ。


 無為徒食(むいとしょく)の日々に終わりがやってくる。

これがよいことなのか悪いことなのか。

ひたすらに相性が悪かった都会から離れる。

それは敗北のようにも思えたが、仕方がない。

受け付けない物を口に入れてはお腹を壊す。

壊しても壊してもいつまで経っても改善策は打たないまま。

問題は体質ではなく行動だ。

いかにして自分に行動変容を促すのかが大事なのだ。

人間は社会によって淘汰を行っている。

価値観という生き物をバーチャルに生み出し、それと対峙させる。

その生き物に殺された者は思想を失う。

勝った者はそのままの思想で社会を生きていく。

社会の中で生きていく度に生き物と対峙しなければならない。

そんな日々にはもううんざりなような気もする。

人工的に進化をすることで環境に適応している人類。

相対的でしか生存が決まらないのでそれは正しい。

それはやはり社会を存続させるためだろう。

ひいては子孫を繁栄させるためだろう。

新天地で子孫を繁栄させる。

そのために安全な不自然に淘汰を用意した。

しかし、本当はそんな物要らない。

もっと自然に社会の一部になれる場所があるはずだ。

そこへ向かうことだけが今の僕の希望のようだ。

生態系の中に溶ける。

そのために生きている。

進化するために前へと進むのだ。

進まなければならないのだ。

もう泥中からは脱した。

行こうと思えばどこへだって行けるのだ。

行きすぎてまたメンタルの調子を壊してしまう。

そんな未来が見えるほどにどこまでも進んでいってしまいそうなこのところ。


 ようやくここまで辿り着いたのか。

ここがどこなのかはわからない。

しかし、とにかく辿り着くべきどこかに辿り着くことができた。

来るべき理由は常識のためでしかない。

この街に来てからどれほどの時間が経ってしまったのだろうか。

おかしくなってからはどれくらい?

くだらないことばかりを考えるようになってしまった。

この街の愚痴ばかりを唱えるようになってからどれほど経っただろう。

この街を嫌悪するがあまり、冷静な判断ができなくなってからはどれほど。

解決しない問題だとすら思っていた。

解決したのは自分でないという意味ではそれは間違っていない。

結局は自分ではなくて他人が決めるのだ。

しびれを切らした両親から来た連絡で決まるのだ。

これでは自分で決めたとは言えない。

しかし、それでも十分に納得できるような物が与えられそうになっている。


 自分の指針が他人に依っている。

それで生きるということは人生自体が他人任せになっているということ。

また、その状態は生きているだけということ。

他人任せの人生にとって、他人から忘れられることが最も恐ろしい。

忘れられてしまえばその瞬間に命の危機が訪れるからだ。

金魚鉢の生き物と同質的な生き方をしている僕は恐れの中にいる。

もちろん今の生活に満足などしていない。

だからといって最悪であるとは思っていない。

最悪ではない。だが、最悪への道のりを歩んでいるような気がする。

だから変えなければならない。

それを変えるのが自分なのか他人なのかは今はどうでもいい。

しかし、単純に気のせいであるとも思う。

不安になることで自分にだけ都合のいい答えを掴むようになった僕。

そんな自分であるがゆえの不安だと思われる。

他の方法が思い付かない限り、やはり指標は他人に依ることになるのだろう。

朝露のように消えてしまいたい。

蒸発して、跡形もなく消えてしまえば歩く必要もなくなる。

それでは最善へ向かうことはできない。

天国の扉を叩くことはできない。

もっと動かなければならない。


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