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君が金魚鉢を持つと花火のように“パっ”と開いたその顔が歪む  作者: 豚煮豚


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 非連続的なシルバーウィークの最初の三連休。

後半の連休とは違い、二人で一緒に居ることができる。

大事な時間と言えるだろう。

大事にしなければならない時間と言えるだろう。

疲れていないはずの僕はもてなさなければいけない立場にいる。

そもそも最初っから積極的でなければならなかったのば僕の方だ。

時間も余裕もあったのだからこちらが先導するべきだった。

この時間を大事にしなければすぐに蒸発にも似た現象が発生する。

それをただただ受け入れるつもりはない。

もう一度、離れやすい彼女が離れてしまったらもう終わりのような気がする。しかし、三連休でできることなどタカが知れていた。それは自分たちだけでなく、みんなもそう思っているようだ。

本格的な旅行をすることもなく近場で観光を済ませようとする人がほとんどだった。外に出てみて、人混みの不快さを思い出す。

都会のアクセスのいい場所にあるこの金融センターには人がごった返していた。

ガラス張りの床や開放的な屋上を目当てにここに来た人々。 

展望台から見える富士山を写真に収めようとしている人々。

もしくは各地のアンテナショップを目当てにここに来た人々。

巨大な建物の真下にいる僕たちは二人とも人酔いしそうになっていた。

目を合わせる僕たちは進むか戻るかをアイコンタクトで決めようとする。

すると、結果として引き返すこととなった。

似たようなところがあるから歪でも繋がっていられたんだ。

動き出した足をみた彼女はそれに着いてきてくれた。

別の形で出会えていたらよかったように思える。

同性の友人だったらこんな面倒なことにはなっていなかったはずだ。


「人混みから抜け出すことができましたね。とは言ってもどこに行っても人はいますが」

「私はまだ人混みに慣れることができません。人混みばかりのこの場所は強い人でないと生きていけないようにも思えます。心の強い人でなければ」

「そうでしょうね。堅牢とも言えるような心を持っている人でないと無理でしょうね。それにしても大変な群衆でしたね、やはりこの街には過度な人口がいるみたいです」

「でも、どこへ向かいましょうか」

「公園にでも行きましょうか。道中でなにか軽くいただける物を買ってベンチに座りながら食べましょう」

「ですね。それが終わったら、今度は実家へのお土産を買いに行きましょう。よろしいですか?」

「もちろんです。そして、二人で暮らすために必要な物も探しましょう」

「もちろんです」

「順番はまだ決まっていませんが、やることは決まっています。こうして二人で外出をしているととても愉快な気持ちになれますね」

「私もそうです。二人で一緒に居られることが、私は嬉しいです」

「その言葉はとても嬉しいです。ありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます」


 軽食を探しているとたい焼き屋があったのでそこに寄った。 

ガラスの向こうには養殖のたい焼きを焼いている姿が見えた。

接客をしている女性と焼いている男性が二人の小さなお店。

同年代の二人だったのでパートナーで経営している店のように見えた。

将来、こうして二人でお店を経営するなんて未来もあったりするのだろうか。

そんなに遠い未来のことは今は全く見えない。

今はこの一週間を越えるので必死だ。

ここが山場のように感じる。

ここで終わってしまったらもうそれは諦めるしかない。

そもそもダメになってたはずだったのだ。

諦めようと思えば簡単に諦められるはずだった。

そのはずだ、というのを何度も繰り返して今日になっている。

それなのに未だにそんなことを考えていた。

ガラスにはたい焼きの種類が書かれた透明なシールが張られている。

小さなお店ではあるものの、それなりに種類は豊富なようだった。

しかし、二人ともあんこのたい焼きを買う。

ありきたりでつまらないような選択だった。

カスタードやチョコなどがあった中であんこを選んだ。

紙に包まれたたい焼きを持って、自然らしい物がある公園へと向かう。

どれもこれも人工的な物だ。

この箱の中で金魚のように自然を満喫することになる。

不自然な魚を食べながら。


「次の三連休は帰省することになっていましたよね? 実家へ戻り、ご先祖様を供養したり、挨拶回りをしたりとお互いに気が休まることのない三日になりそうです」

「そうでしょうね。お互いに大変そうです。もしも、それから逃れる方法があれば良いんですけどね」

「その通りですね。会いたい気持ちはありますが、それにしても手厚い歓迎と言いますか……やはり向こうでも僕のことは話題に上がりますか?」

「はい。両親にだけ教えていたはずなのですが、いつの間にかみんな知っています」

「どこも同じですね。帰ってきたらいつものカステラを持ってきます。なので、二人で一緒に食べましょう」

「そうですね」

「お墓参りが嫌いというわけではありませんが、やはりそこまで信心深い方ではありませんから。たまに顔を合わせることはいいのですがね」

「そうですか。私も似たような考えを持っています」

「そうですよね。これが普通でしょうね」

「死者には死者の世界がありますから。踏み込んでもいいことはありません。なにも」

「……そうですか」

「そのはずです」


 ベンチに座って意味のない話をする。

聞いても聞かなくてもいいことを話し合う瞬間こそ恋人には相応しい。

一緒に暮らすことになればもっとくだらない話ばかりをしあえる。

これよりももっとくだらない話だ。

それが普通の会話というやつだ。

両親としていた会話のようだ。

そう思うと楽しみだ。

望雲之情(ぼううんのじょう)がわき上がる。

秋分になったら家族と意味のない話がしたい。

そのためにはこの問題に決着を着けなければならない。

決着が着かなければ真剣な話だけしかできなくなるはずだ。

それしかする権利がないみたいに追い詰められるはずだ。

まだ答えをもらえていない。

前日にでも話してみようか。

前に聞いたことの答えを確かめてみようか。

そうすればお互いにお互いのことを思いながら故郷に帰れる。

考える時間はいくらでもあるはずだ。


 一通り会話を終えるとベンチから立ち上がる。

そして、出口の方まで歩いていった。

その手にはたい焼きのゴミがあった。

いわゆるたい焼きの味がしたそれは美味しくも不味くもなかった。

そういう物を求めていたわけだから問題はない。

ありきたりな味がする普通のたい焼きでよかったのだ。

ただ、あの二人の顔が頭に浮かんだ。

パートナーのような雰囲気でお店に立っていた二人。

純朴そうな味がしたたい焼き。

それはこの街に合っていないような気がした。

幸せそうな二人だったが、もしかすると崩壊する未来があるのかもしれない。

普通のたい焼きを作っていて成り立つような街じゃない。

軽薄ななにかが必要なのだ。

ここは人が生きる街ではないように思える。

未来の僕たちもやっぱり馴染めていないのだろうか。

お店を開いたところで扇情的な物を作れるような気はなかった。

だから、ここでお店を開いたらすぐに潰れるのがわかった。

公園にあったゴミ箱にたい焼きを包んでいた紙を入れる。

そのまま出口から外へ出て雑貨屋へと向かう。

こうして横に並んでいると不釣り合いな二人のような気がしてくる。

取り繕っているだけの僕は社会に馴染めているだろうか。

本当に社会の中にいる彼女の横でまともに見えているだろうか。

不安のような感情を抱えながらひたすらに歩いた。


「思ったよりも良いものばかりでしたね」

「そうですね。ついついお揃いのコップを買ってしまいました。藍色の透明なガラスが美しくて目が止まってしまいました」

「金魚鉢のような、そんな雰囲気もありますね。もしかすると潜在意識の中に金魚のことがあったのかもしれません」

「そうかもしれませんね。とにかくいい買い物だったと思います」

「もしかすると、ここでお土産を買ってもよかったかもしれません。特産品というわけではありませんが、この街であればなにを買っても特別な物のように思われますからね」

「お土産はなにを買いましょうか? これからどこに向かいましょうか?」

「大きな駅に行ったらお土産が揃った店があるかもしれません。それでは、今度はお土産を買いに行くとしましょうか?」

「そうですね。親戚の分もありますからそれなりの量になりそうです」

「僕が持ちます。その代わり、コップは預けますね?」

「ありがとうございます。でも、私も持てるだけ持ちます」

「ありがとうございます」

「そうだ。今は僕が持ちましょうか?」

「なにをですか?」

「コップです。まだ荷物はこれしかないので、貴女のコップを持つこともできます。もしよろしければ預けてくれませんか?」

「そこまでのお気遣いはいらないですよ。後で助けてくれればそれで大丈夫です」

「そうですか」

「しかし、その気持ちは嬉しいです。ありがとうございます」

「感謝されるようなことはなにも」

「気持ちだけで嬉しいのです。なにが一番必要(・・・・・・・)かと聞かれたら、私は気持ちが一番必要(・・・・・・・・)だと答えます」


 雑貨屋を物色した僕たちは店を出た。

そのお店は都会的な雰囲気があって、居心地が悪かった。

しかし、その中身は確かに良いものばかりであると感じた。

ただ単純に馴染めていないだけだった。

金魚鉢を想起させるようなコップ。

それが入った紙袋を提げている二人。

過去に何度も見たことがあるカップルの姿がここにあった。

行き先はどこか大きな駅。

ただ、お土産を買うことができればどこでもいいのだ。

まだなにも決まっていないようなものだった。

それでもこの時間が幸福で、本当はそれだけでよかった。

雑貨屋に行ったことで幸福な未来も想像することができた。

気分が落ちることなど考えなくてもよかった。

考えたとしても問題にならないことだけを考えればよかった。

二人で同じコップを使うような生活。

それはまさに薔薇色とでも形容したくなるような日常。

そこに少しの不穏さを覚えてしまう僕だった。

きっとダメになる。

そう思う。

考えなくてもいいことは考えようとしなくても考えてしまうものだ。

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