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君が金魚鉢を持つと花火のように“パっ”と開いたその顔が歪む  作者: 豚煮豚


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 来訪者。

何度もここへやって来る人。

その目的は明るい物だ。

明るい理由があるからここへ来ている。

大きな問題の一つは無事に解決された。

この前と違って歓迎だけをしている僕は扉を開けた。 

すると、もはや恋人よりも深い関係になろうとしている彼女がいる。

邪念はなく、シンプルに嬉しさがあった。 

会話を始めるとまた別の感情が沸き上がってくる。

それでも今は嬉しかった。

この街のように堅牢な関係であるようにも思えた。

本当のところがどうなっているのかは知らない。

約束通り、今日は家に遊びに来てくれた。

これはこちら側から誘った結果だ。

そういう生き方を選んだ以上はそれをしなければならない。

それをしなければまだ自律神経がおかしくなるだけだ。

そんな結果を迎えるだけだ。


 晴れやかな顔をした彼女が座る。

きっと、取り憑かれていた思いが払われたのだろう。

荷物を下ろしてくれたということだ。

二人で一緒に狭い部屋で話をする。

それは前からしていたことなのに新鮮に感じる。

何度も体験したはずのことなのに、はじめてのように思える。

今までは思わなかったことを思うようになる。あまりにも美しく見えた彼女に惹かれていた。心の中にかかっていた霧が晴れたようだ。取り憑かれていた僕たちはお祓いを受けた後のように気持ちが軽くなっている。霧の向こうにあった顔をはじめて直視した。その結果、その美しさが目に染みるようだった。

季節は秋へと変化していく。

日付よりも内容を伴った秋だ。

暦ではなくて肌で感じられる変化。

この季節をずっと待っていたような気がする。

二度も祭りに興じなければならないほどに待ち望んでいた。

今は朝露が長生きできるような季節だ。

深い呼吸をすることでその理由が苦しいほどわかる。

その香りと、涼しげな空気は秋の物だった。

今年の秋はきっと短い。

何度も深呼吸をする必要がある。

なぜなら時間が進み、冬になると露は霜になってしまう。

今だけが露にとっては生きやすい季節だ。

それは白露のような僕にとってもそうだ。

凍ってしまうような苦痛が待っている気がする。

堅牢ではないことはもはや誇りのような物だ。

移り変わりやすい僕とはもはやアイデンティティでしかない。

それによって変化することができた。

自然でいられることができている。

その代償を払わなければならないのは仕方がない。

社会とは不自然な物しか許容されていないわけだから。


 今までとは違う僕がスッキリとした彼女を家に呼んだ理由。

それはシルバーウィークのことを話すためだ。

前半の連休と後半の連休がある今年のシルバーウィーク。

後半の予定はもうすでに決まっているが前半はまだだ。

それがもうすぐそこまで近づいているというのになにも決まっていない。

どちらもなにかを決めようとしなかった。

どちらもなにかが起こるのを待っていたのだ。

待つことのリスクというものを知った僕。

だから、前半の連休の予定を立ててみた。

とはいっても、どこに行きたいのかを話すだけでしかない。

慣れないことをしなければいけない。

待っている彼女をデートに誘うなんて当たり前のことだ。

それなのに、どうして動揺しているのだろうか。

それの答えはあまり直視するべきではないようにも思われる。

動揺している僕がいるのはなぜか。

それは『自分には向いていない』という最悪の答えだからだ。

これからなろうとしている自分になれないことを暗示している。

そんな雰囲気があって最悪だ。

どうなったとしても前の僕に戻るという選択肢はない。

もう一度終わるときにはどちらにしても変わった僕がいるのだ。

積極的になるのか、それともここ以外の街に居るのかはわからない。

とにかく絶対に変わった僕がそこにはいるはずだった。


「少し電車で行った先に、観光地としても有名な金融センターがあるそうなのです。そこの屋上はガラス張りの柵と一部分だけですが透明な床があることで有名です。

どうでしょうか? 今度、二人の予定があったときにでもそこへ行ってみませんか? そこには様々な国の名産品があるようなので退屈をすることはないと思われますが」

「それは行ってみたいですね。そうだ。近く祝日がありますよね? そこでデートをしましょう」

「とても良いですね。今年のシルバーウィークは非連続的なので敬老の日にデートをするのは素敵だと思います。たしか、秋分には帰られますよね? 秋のお彼岸ですから厳かな空気も必要とは思いますが、せっかくならデートの日にお土産でも買いましょう。

珍しい物を持っていけばきっと誰だって満足してもらえるはずです。ここにはあらゆるものが存在しますから、きっと喜ばれることでしょう。俗界(ぞっかい)とも言えるこの街の、最も俗っぽい物を買えば満足していただけるように感じます」

「今から楽しみですね」

「こうして当たり前のように話していられることがとても幸せです。僕は貴女のことを愛しているようです」

「そんな。ずいぶんと積極的になられましたね」

「わかりますか。もう同じ轍は踏みません。少なくとも僕がなにかを言わないことによってこの関係性が破綻することなどないように努力します。そう決めていますから」

「それは心強いですね。私も安心していいかもしれませんね」

「安心してください。是非、僕に心を許してください」

「そうですね。そうしたいです」


 シルバーウィークの予定が決まった。

今さらこんな当たり前の予定が決まる。

生活に当たり前がやって来た。

本当はどちらもこの会話を切り出すことはできたはずだ。

それをしたくない彼女が居たのはもうわかっている。

だから、ハッキリと言えば仕方がなくこちらからボールを投げた。

しかしどちらもボールを持っていた。

でも、どちらもそのボールを投じることはなかった。

そういう僕たちが過去にいたのは事実だ。

関係が破綻するまでそれに対して向き合うことすらしなかった。

願望だけで世界を思い通りにしようとしていた。

そんな世界であればどれほど楽に生きられるだろうか。

考えるだけであらゆる問題が解決してくれる世界だ。

それは楽さだけしかない世界のようにも思われる。

そんな中、しびれを切らした彼女はこちらに重たいボールを投げた。

投げたボールはしっかりとミットに納まる。

だからボールを投げられた僕はボールを投げ返す。

そのコントロールが上手くできたのかはまだわからない。

本当にデートがしたかったのかもわからない。

どちらにとってもそうだ。

気の迷いだと言われればそれで納得してしまいそうだ。

とにかく投げなければいけなかったから投げただけだ。


「それにしても同棲はどうしましょうか。この前、品質の良いアウトレット店がありまして、そこで家具などを物色していたんです。貴女の家は物が少なかったですよね? もしかして新しい物を買う必要は無さそうですか?」

「そうですね。いずれ私の家の契約は解除することになると思うので新しくなにかを買い足す必要はないかと思われます」

「そうですよね。それを失念していました」

「このような形で引っ越しをするのは初めてなので勝手はわかりませんが、ひとまず大家さんとお話をしてみます」

「そうですか。とりあえず入り用になる物もあるとは思いますので、シルバーウィークの際には雑貨屋などにも行ってみましょう。そうした方がお互いの生活が豊かになるように思えます」

「おそらくそうでしょうね。しかし、お土産も買って、雑貨も買って、となると荷物が多くなってしまいそうです」

「であれば、今回は下見だけで終わらせましょうか。実際に買うのはまた今度にしましょう。小さな物であれば買ってもいいとは思いますが」

「ですね。ひとまず見てみないことにはなにも始まりませんね」

「それにしてもこの家で貴女が暮らすことになるだなんて。そんなこと夢にも思っていませんでした。もちろん、その考えの甘さは僕の反省するべき部分であることはわかっていますが」

「気に病まないでください。私にも問題がありました」

「そんなことはありません。僕の責任です」

「どちらの責任でもありません。ただ、そういう二人(▪▪▪▪▪▪)がいたというだけですから」

「それは間違いないですね。僕たちはそういう二人(▪▪▪▪▪▪)でした。しかし、これからは違う二人になると思います。少なくとも僕は変わろうと思います」

「それは私にとっても嬉しいことです。これからもよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして当たり前のような会話をしている。

当たり前なのは会話の内容ではなく、その姿だ。

恋人が二人で話をしている姿を客観的に思う。

それはどう考えても当たり前であって、あるべき姿とも言える状態だ。

美しい金魚を眺めながらそれをしている。

ある意味ではキューピッドのような役割を果たしている金魚。

それは羽が生えているかのように“ヒラヒラ”と舞う。

この状況はとても悲喜交々(ひきこもごも)だ。

いや、もっと複雑な心境かもしれない。

どれもこれもがそれなりの質量を持っている感情。

それらは瞬間ごとに変化する。

喜怒哀楽の全てが会話をしている中にある。

感じようとせずともそれが感じられる。

恋人のような関係性に戻れたことに対する喜び。

壊れないようにこの街に迎合している彼女に対する怒り。

不自然な街の中でなにもすることができない自分への哀しみ。

当たり前の会話をすることができる楽しみ。

それ以外に、名称が付いていない感情が浮かんでは消えていく。

ありとあらゆる感情が交ざりながら会話をしている。

憎しみのような物もたしかにそこにはあった。

変わることを強要してきた彼女に対する憎しみや恨みだった。

それすらも恋人としては当たり前であるように思える。

恨み辛みがあってこその人間関係だ。

こういう日常をこの街以外の場所で行いたい。

二人の世界とも言えるような場所であればなにも言うことはない。

もし仮に自分たちの街でこの会話をすることができれば、それさえできればもう望月のような世界だと言える。



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