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君が金魚鉢を持つと花火のように“パっ”と開いたその顔が歪む  作者: 豚煮豚


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 目的もなく散歩をしていた。

本格的に秋の訪れを感じられるようなこの頃。

ニュースでは来週にも冬の便りが来るという話があった。

どれだけこの世界は崩壊したがっているんだ。

今まであったものを全て壊そうと躍起になっているように思える。

まずは季節から崩壊させようとしている。

秋という季節が壊されたら次はどうなる?

社会を壊すために動いたりするのだろうか。

なんの目的でこんなことをしているのだろうか。

おそらく自分の身体の上にある、取れない汚れを取ろうとしている。

そういう風にも思える。

世界から見てみたらこの街は醜いだろうな。

どこまでも不自然な物だ。


 やるべきことがない人間にとって散歩はよい時間潰しだ。

世間から外れた自分が何食わぬ顔で世間のことを眺めている。

変化など起こらないから街の変化に揺られる。

動いている気になれるのだ。

肯定されている気になれるのだ。

本当に生産性も存在価値もないような自分であっても。

この場所にいることが一つのアイデンティティのようになる。

そのような惨めな自我を確立するために歩いている。

家にいること自体が罪のようである以上は仕方がない。

なにもしていないという罪を背負ってしまっている。


 考えごとは単純な物から複雑な物まで様々だ。

しかし、当たり前のように直近の問題が脳裏には過る。

同棲することになる。

二人で一つの建物に暮らす。

そこにはプライベートなど存在しない。

お互いの考えていることまで透けそうな距離で日々を送ることになる。

そうなったときに堪えられるような内心ではない。

相手にはちゃんと愛情もあるはずなのにまだ足りていない気がする。

最初の動機が不純だったことをずっと引き摺っている。

もはや愛情がないなんて口が裂けてもいけないような物があるのに。

それでもまだ空洞があるような気がしてならなかった。

とにかく心を見られると困ってしまう。

まだまだ困ってしまうのには変わらない。

共同生活を青天の霹靂だと感じた。

死角からパンチを喰らったような感覚だった。

当然の道筋であるもののそんなことをした経験のない僕には未来が暗く見える。

どのような結末が待っているのか未知で恐ろしい。

その先にある物を求めているにも関わらず、そうなってしまっている。

放語(ほうご)ばかり唱えてきたようだ。

無意味で無責任な発言をしてしまっていた。

突き付けられているようで苦しい。

しかし、この苦しみから逃れるつもりなど全くない。

こうなってしまえば自分の世界で暮らすしかない。

その中に子供と母親を引きずりこむのだ。

そうしなければ自分という存在が保てないような気がするから。


 二人で生活をするのならば家具やインテリアが心許ない。

糸がほつれたソファや取れない汚れがついたタンス。

蚕色のソファはもう捨て時のようにも思えた。

もしかすると金魚鉢が乗った引き出しも捨てていいのかもしれない。

過去を全て振りきらなければいけないような気がしている。

しかし、劣化は味とも言える物だ。

それは脆い物を許容している僕だから思っていることかもしれない。

堅牢なマンションに暮らしている彼女の考えていることはわからない。

同じ物を共有する以上は許容しあえる範囲の物しか置けない。

同棲するとはそういうことのはずだ。

与えられたであろう部屋が空っぽだったことは覚えている。空っぽの彼女は脆い物を許容してくれるのだろうか。 物に対してこだわりがないのであれば壊れかけの物ばかりでも大丈夫かもしれない。

それをしてくれなかったときのことも考えておこう。

仕送りで雑多になった家を整理整頓する必要がある。

壊れやすい自然な物を捨てよう。

そして、壊れない不自然な物を集めよう。


 散策を続けていると、アウトレット品を取り扱う雑貨屋を見つけた。

街の中に溶け込んでいるそれは無関心な人には見えない物だ。

これが見えているということ自体が変化なのだろう。

興味がなかったはずの物に目が行く。

その代わり、なにを見なくなった。

雑貨屋の開かれたシャッターの近くに目が行く。

その目が止まった場所には木材そのままの色味をしたベンチがある。

自然味溢れるそのベンチにとても惹かれた。

しかし、家の中に置くような物でないのはたしかだ。

さらに中を覗くとそこにはネズミ色をしたソファなども置いてある。

それらは所狭しと飾ってあり、空間を固めたような密度があった。

知らず知らず、佇思停機(ちょしていき)となっていた僕は自然とその雑貨屋の中へ入っていく。

小さな物から大きな物まであらゆる物がここにはあった。

恐らくアメリカのどこかのナンバープレート、生活雑貨、家具家電。

外見からすると雑貨屋としての印象の方が強かった。

その内実はリサイクルショップのようだ。


 それ自体が商品でもある間接照明に照らされた雑貨はどれも魅力的だった。

オレンジの明かりはあらゆる物をお洒落に見せる。

それに騙される人の存在を考えると恐ろしくもあった。

美しい物なんてほとんどは錯覚でしかない。

作為的に錯覚させられてしまったらどうしようもない。

しかし、それに関しては幸運であった僕。

手持ちがないのであくまでも視察でしかなかった。

騙されることなどないのだ。

騙し取られる物がないから。

それでもなにか買って帰りたくなるような商品。

恋愛に溺れてしまっているせいであらゆることが魅力的に写っている。

浮かれている気持ちを空っぽの財布が制止してくれた。

重たい財布だ。

中身が詰まっている財布よりも何倍も重たい物だ。

空っぽだからといって軽いとは限らない。


 粗衣粗食(そいそしょく)を改める必要に迫られているのは自覚している。

働かなくても問題がなかったのはそれに相応しい生活をしていたからだ。

同棲するとなっては今までと一緒ではいけない。

当たり前のように食事を抜くような生活。

多少の問題があっても放置する生活。

そんな生活を共に過ごすことはあまりにも非現実的なように思えた。

間違いなく幻滅されてしまう。

どうにかしてまともな生活を手に入れなければならない。

しかし、ここから抜け出すための手立てがなにもない。

先立つものがなければ侈衣美食(しいびしょく)など遥か遠くだ。

リサイクルショップのようなお店。

その値札はたしかに一般的な物に比べると圧倒的に安かった。

古くなった家具を買おうとしている僕。

少なくとも改善はしなければならない。

事情を知っている彼女の前で取り繕う必要などない。

それでもこのままで成立するようなあり方は選んでいなかった。

考えを止めるために店を出る。

またくだらない時間潰しに戻った。


 そして宛もないまましばらく歩き回った。

どのような生活を獲得したいのかを整理しながら。

どうすればそんな生活が手に入るのかを考えながら。

運動不足の僕はこうして意味もなく散歩をすることがある。

思考だけを巡らせる生産性のない散歩。

誰にも、時間にも縛られずに歩くという行為。

明確な区切りもないその行為。

それは意識的に終わらせようとしなければ一日が台無しになる。

いつの間にか名前も知らないような土地にまで行ってしまうことすらあるのだ。

綿毛かなにかのように風のみを受けて進む僕。

そこにはなんにも意識などなかった。

そんな中で意識を取り戻した。

なので、そろそろ潮時だと感じた僕は帰宅する。

得る物などなにもない、単に現状維持するためだけの時間だった。

この現状が維持するだけの価値がある物であればそれもまたいいだろう。

しかし、この現状に納得していない僕はそれを変えようとしている。

その真っ只中にいるのにいつもの癖でこんなことをしてしまった。

道は長い。意識を取り戻さないといけない。


 それにしてもやることがない。

閑人(かんじん)であるのは間違いない。

しかし、会話をする相手も興味がそそられるような物事もない。

話し相手となり得る彼女は仕事だ。

社会性という物は全くなのでそれに関してはどうしようもない。

大事な物などあまりない。

そもそもなかったはずの物がさらになくなっている。

なんでもいいが、とにかくやることもやるべきこともない。

失くなってしまった。

やりたいことはあるだろうか。

やりたいことならばたくさんあるように思える。

二人で遠くの町に行きたい。観光地でもなんでもないような場所に行って「やることない」という時間を共有したい。その方がノイズが少ない。その上、人混みに巻き込まれることがない。お互いにとってその方がいいに決まっている。これは愛情といっても問題なさそうだ。

ともかく旅がしたい。

このままこの場所に留まることはできない。

存続することに全力を注いでいるこの街にいると永遠ばかりを望んでしまう。

ひとたびこの世に生を得て滅することのないものなどあってはならない。

仏教の教えを信仰しているわけではないがそれは確かだろう。

平等に死を迎えなければならない。

自然の摂理から離れたこの都市にいたら不自然になる。

二人で知らない町に行って子供と一緒に穏やかに生きていきたい。

甲斐性なしの僕であってもそんな状況であれば働くことになる。

そうなるのが自然だ。


 寂しげな様を晒すことがなくて良かった。

一人で未来のことを思い描いている僕は可哀想だ。

買えもしないのに家具を見に行っていることは恥ずかしいことだ。

誰にも知られていない世界に居られるというのが、唯一の利点だ。

まだ心の整理がついていない出来事。

それに対して動揺する様を世間様に見せることがない。

心が未熟な僕は取り繕うことさえできずにのたまうことになる。

死ぬ前の昆虫のように“バタバタ”することになる。

そんなことはもうしたくない。

自分でも異常であるとわかっていることを意識的に行わざるを得ないのは大変だ。

しかし、出発点が無意識である以上はどうしようもない。

無意識的にはじめた異常な行為を意識的に継続している。

ひたすらに追いかけられているようだ。

そういう気持ちは未だに完治していない。

きっと完治することもなければ、改善することもない。

そういう遺伝子を持っているだけだから。

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