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君が金魚鉢を持つと花火のように“パっ”と開いたその顔が歪む  作者: 豚煮豚


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 “パーン”と花火の音が空に響いた。暗闇の中で“パッ”とそれは開く。窓の外には一瞬だけ輝く人工的な偽物の光。それなのに、花火はこの場所にあるどの光よりも輝いていた。こういうのであれば不自然な存在も悪くはない。どうせすぐに失くなる物なのだから、不自然であっても全く問題ない。

花火は連続し、段々と重なっていく。

それは目を閉じても残光として残り続ける。

外ではお祭りが開催されていた。

それを知っていた僕は時刻を確認する。

そろそろだった。

どこか既視感があるような光景。

人間は同じようなことを繰り返している。

それによって純粋さを保とうとしている。

死臭漂う住宅街に生気が戻ってきた。

眠りのための街にも人間はいた。

人間だから反復している。

人間は反復の中に安定を見出だしたのだ。

だからいろいろなことを飽きずに繰り返す。

彼らは生きているみたいにこの祭りをこなす。

これをしなければ人類のサイクルが終わってしまうという強迫観念を持ちながらだ。すでにこの国はいろいろな文化を捨ててここにいるのに、今さらになってそれを必死に維持しようとしている。

これがあることを知り、積極性を発揮するべき人間に対して積極性を発揮した。

それがあるからゾンビのような僕はその人の匂いにつられ外へ這い出る。

この場所で唯一意志疎通をする余地のある彼女との約束がある。

景色のような人々をすり抜ける。

祭りに興味なんてないはずの彼女と待ち合わせているのだ。


「お待たせしました。もうお祭りは始まってるみたいですね」

「ですね。今回は二人で楽しみましょう。もし貴女が望むのであれば金魚すくいにも行きましょう」

「その必要はないと思います。一人でも十分楽しそうですから、あの金魚は」

「そうかもしれませんね」

「それにあんなに美しい金魚は二つとないと思います。あまりにも哀れじゃないですか? あんなに美しい紅白の金魚と共にあの狭い金魚鉢で暮らすのは」

「そうですかね?」

「自分の存在を否定してしまうかもしれません。それはきっと金魚にとっても苦しいことでしょう」

「そうですね」

「自分よりも優れた存在と暮らすことの虚しさとは筆舌に尽くしがたいものです。いつまで経っても満たされない瓶のようです」

「……それはその通りかもしれませんね」

「貴方もそう思いますか」

「実際に体験したことはありませんが、そうなってしまうような気もします」

「そうですか」

「とりあえず、もっと見やすい場所まで移動しましょうか。このままここに居ては家で見ていた方がマシになってしまいます」

「そうですね」


 花火をよりよい場所で見るために歩く。

そうしてると二日酔いの状態で早朝に散歩した河川敷までやってきた。

前にここに来た頃の僕はもうどこにもいない。

能動的であることこそが人生の価値だと言わんばかりの僕。

とにかく動くことによって問題を解決しようとする僕がいる。

今回もそうでしかない。

やるべきことがわからなかった僕は動くことにした。

人混みの中に人混みが苦手な僕たちが紛れ込む。入った瞬間に全身を縛られるような感覚がある。拘束具が付けられてしまったようだ。それを振り払うように隣にいる彼女の顔を見る。どちらも無理をしている。

この場から去るという提案をしたとする。そうしたらその瞬間に我が意を得たりと言わんばかりにそれに乗る。どちらが口を開いてたとしてもそうなる。 表情からは明らかに苦痛の色が見えた。

これはある種のエゴイズムなのだろうか?

マゾヒズムなのだろうか?

二人で居たいと思うあまりに無理をさせているのだろうか?

こんな場所で窮屈に生きていると病気になりそうだ。

それは窮屈だった僕の破滅からしても間違いない。

疲れている彼女にこんなことを強要するわけにはいかない。

二人とも病気になったらこの関係は不幸を連鎖させただけになる。

しかしながら、今年の花火はこれで最後かもしれない。

それを思うと引くわけにもいかなくなってしまうのだ。

積極性にまだ慣れていない。

動くということは疲労を伴うのだ。

今はまだ仕方がないのかもしれない。

厄介なことを考えている向こうで花火が上がる。

それは見てるだけで解放されるような感覚になれた。


 胸裏(きょうり)に起こった危ない思想。

もはや恒例となった破壊に対する渇望。

こんな状況になってもまだそれを望んでいる。

思っていたよりは脆いこの街が壊れることを未だに求めている。

向こう岸の花火筒が何者かの悪意によって倒される。

その口は誰にも必要とされていない僕がいる雑踏に向けられる。

果てには大きな花火を火薬の匂いが立ち込めるここに散らせる。

そうしたならば、きっと希死念慮(きしねんりょ)の塊が周囲に散乱する。

内証(ないしょう)が歩いている個体すらも解放させる。

それはきっと地獄絵図のような景色だ。

婚約を申し出たあとにもこんなことを思う僕が子供を残そうとしている。

二律背反(にりつはいはん)としか言いようがない。

なにも生きている価値がない僕は死を望まざるを得ない。それなのに生物としての僕は生を望まざるを得ない。生物としての僕は愛する人との間に子孫を残したいと思う。その当たり前の感情と同じくらいに当たり前な反対の意見も存在する。生きている価値がないと思っている僕に死が訪れるのを期待している。そして、離れてしまうかもしれない彼女と死ぬまで一緒に居たいとも思っている。心中をするほどの深い愛情があるようにも思えなかったが、そんなことを願望として持っていた。

台風が来て揺らいだ心が未だにそのままだ。

裏切りを核とした物語に影響を受けている。

それならばいっそ、全てを飲み込んでくれないだろうか。

一人だけで死へ至ることはできない。

これほどまでに絶望的な月日を送っているのに。

生きようとは思っているが死にたいとも思っている。

それが来るまでの暇潰しとして子供を作ろうとしているのだろうか。

どこまでも無責任で呆れてしまう。

自分に呆れて言葉も出ない。


 縦に並んだ僕たち。

花火の前にいた彼女はその一瞬の光に照らされていた。

背中だけしか見えないのに惹かれてしまう。

きっと、この空間を自分だけの物だと勘違いしている。

全てを手にできるような気持ちになっていた。

これだけの人に囲まれている。

人混みは苦手だとわかっている。

それなのに、その全てが景色にしか見えない。

前よりもラフになった関係性は祭りの中に溶けそうになる。

あらゆる物が自分の物であるようにも思える。

それはつまり自分と空間が一体化しているということだ。

自分のために用意されているみたいだ。

この舞台セットのような街は演出家を伴っている。

打ち上がる花火も、並ぶ屋台もそうだ。

ちらほら見られる浴衣を着ている人もそうだ。

全てがここにいる僕たちを引き立てているように思えた。

当たり前のように一番素晴らしかったのは運命の相手である彼女だ。

花火が打ち上がるとその顔がこっちに向く。

それに対して自然体で言葉を発する。

意味のない会話が心を癒す。

世界の中心に自分たちがいたのだった。


 花火の後には拍手の音がした。

それに影響を受けた僕たちは拍手をする。

淡白なことしか考えていなかった僕。

そんな粋なことをするだけの脳みそなど持ち合わせていなかった。

おそらく疲弊している彼女もそうだった。

周囲からはワンテンポ遅れて動き出していた。

似た者同士ではあるはずだ。

しかし、似たような行動を取る理由が全く違う。

果たして本当に大丈夫なのか?

なにか対象物さえない不安が沸き上がる。具体的な理由はわからないが似ているはずの僕たちは、全くもって相性がよくないような気がする。これまでの二人の関係を見るとそのように思える。いや、これまでのことを思い返したことで相性が悪いと思い込んでしまっているだけか。

それならばこれからの僕が変わればいいだけだ。

この問題はもう考えなくてもいい。

直感なんて当てにはならないはずだ。

少なくともこの街ではそのはずだ。

沸いた感情を無視するかのように人混みに流されてどこかへと進む。

みんなはどんな思いで流されているのだろうか。

人間のことなんて考えてもわからない。


 アトモスフィアの僕はマーガリンのように難癖ばかりで装飾されている。

あらゆることが非科学的に展開されていて、真実は程遠い。

透明ではあるがそこにたしかに存在する僕は形がない。

透明に形を持たせようとした試みが自分のような顔をして生きていた。その顔は本当の顔とは程遠く、人間味がないゆえに真実味もない。どれだけ観察しても空洞しかない。真実味を帯びない真実は派手な装飾に負けてしまう。世間体だけが生きている理由だと自分ですら思ってしまう。

艱難辛苦(かんなんしんく)などとは無縁の過去だった。

ひたすらに淡々と日常だけが壊れていった。

そこに苦痛など存在しなかった。

苦痛を感じる器官には形がなく、実体がなかった。

ただただ壊れてしまっている僕が居ただけだった。

余白しか存在していない、空白。ノートを“パラパラ”と繰ればそんなページばかり。やはりどんなことを書き込んでも全ての炭が白い紙の向こうへ落っこちてしまうのだった。

決めた。

優柔不断な僕はセキレイになる。

セキレイになり新しい命を求める。

ついに誰かの物である彼女を自分の物にするのだ。

そうしなければなにも生まれない。

白骨になる前に愛を知らなければならない。

まだまだ埋まらない中身を子供で埋めなければならない。

どこまでも醜い物が伽藍(がらん)とした僕の心に写される。

自己愛から他人を支配しようとしている。

いつでも触れる距離にいた。

生と死という二つのルールは常に背を反らしている。

ならば、いつでも殺せる距離にいる僕。

そんな自分は解放という破滅的な行いに溺れなければならない。

他人を慮っても理想には辿り着かない。

ハッキリと言ってしまえばいい。

自分には自分の本音を告げればいい。

自分の心だけが満たされればいいのだ。

自分の心がわかる僕が幸福になればそれでいいのだ。


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