はあ、静かだなぁ
はあ、静かだなぁ
その小さな島国には、男が一人住んでいるだけだった。温かくはあったが、土壌が悪く作物が育たない、貧しい島国だった。頼みの綱は水産資源、つまり漁業だったのだが、近年の燃料費の高騰だの、温暖化の影響だので、国民はみんな廃業し、仕事を求めて都会へと移住した。
男はこの島国の王の末裔、つまり現在の王様だった。彼は島を離れていく国民達を、出て行かないでくれと必死に説得したのだが、国民達だって、自分の食い扶持を稼がないといけない。一人、また一人と島国から姿を消していき、ついに男は一人ぼっちになってしまった。
「はあ、静かだなぁ」
男は一人で浜辺に座っていた。聞こえてくるのは穏やかな波の音と、ふわりと吹く風の音くらいだ。
男は島の静けさにうんざりしていた。かつての賑やかな島国を、男はどうしても取り戻したかった。活気があり、たくさんの国民達の声が絶えず聞こえていた、子供の頃の懐かしい記憶。没落したこの島国を復興させるために、男はたった一人で行動を開始した。
男は早速事業を始めた。事業内容はこうだ。「この島を一日間、貸し切りで自由に使える権利」を売るのだ。この試みは大成功で、あっという間に予約でいっぱいになった。どこぞの金持ちやらセレブに、人目に触れずに保養できると大人気になったのだ。男にとってはうんざりする静けさを、心の底から求めている人々がいる。男はそれを理解していた。一流の接客やらサービスよりも、とにかく誰にも邪魔されずに、仕事のことだの社交界のことだのは忘れて、静かに過ごしたい。そんな金持ち連中の需要にぴったりとはまった。金を持っている人間を相手にしたビジネスほど、大金を稼げる。男はそれを分かっていたのだ。
「よし、賑やかになってきた」
それから十五年が過ぎ、男が次に始めたのは、島国をリゾート地として再開発することだった。静けさを売りにしていた時代はもう終わりだ。男の目的は、この島国に活気を取り戻すことなのだから。その為の資金は十分に稼いだ。計画を次の段階へ移す時が来たのだ。
開発は男を中心に進められた。千人以上の従業員を雇い、てきぱきと指示を出す。島の開発は瞬く間に進み、島全体を使ったリゾート地が完成した。その人気はすごいもので、世界中から観光客が押し寄せた。男が次にターゲット層にしたのは、金持ちではなく庶民だったからだ。たくさんの人々が気軽にやって来て、楽しめる場所を目指したのだ。
「うぅ、頭が痛い」
二十年の時が経ち、男は王と呼ばれるようになっていた。リゾートは今なお絶大な人気を維持し、世界有数の観光地となっていた。島国の正当な王。たった一人で没落した国を復興させた王。類まれな手腕を発揮したビジネスの王。いつの間にか男は、世界にその名を知らしめていた。はたから見れば最高の成功者。世界中の誰もが彼を褒め称えるだろう。
しかし男の顔は苦痛に歪み、その体はやせ衰えていた。
「頭痛が酷い。頭が割れそうだ……」
「ストレスですな」
医者は男にそう言った。男は頭を抱えながら、震える声で助けを求めた。
「この島の全てが、リゾートの全てが私を苦しめるのだ。ネオンの強い光は、まぶたを貫いて脳を焼くようだ。昼夜問わず響く喧騒は、鼓膜を震わせ吐き気をもよおす……」
「ここから離れてはいかがですか?」
「何を言うか。私はここの王だぞ」
医者はうーんとうなった後、バッグからヘルメットのようなものを取り出した。
「これは最近開発されたばかりの、夢を見せる機械です」
「夢を見せる、機械、だと?」
「この機械は、その人の最も望む夢を見せるのです。現実に疲れ果てた人間を、せめて夢の中でくらい、安らかでいさせてやろうというものです。根本的な解決にはなりませんが、少しは楽になるかと……」
「夢……。私の望む夢……」
「はあ、静かだなぁ」
男は一人で浜辺に座っていた。聞こえてくるのは穏やかな波の音と、ふわりと吹く風の音くらいだ。
おわり