激務で過労死したはずの俺、転生したらマグカップになっていた。しかしチートスキル『熊注意』で無双する!
毎日、毎日、16〜22時間の勤務。しかも多い時は48連勤。
さすがに俺は過労死した。
残業していた深夜23時、デスクに突っ伏して気絶した俺は、そのまま自分の魂が抜け出ていくのを感じていた。
なんて人生の最期だ。
もっとカッコよく死にたかったな──
そう思いながら、最期に見つめたものは、デスクの上に置かれた黄色いマグカップだった。
「……はっ!?」
死んだと思っていたのに、俺は意識を取り戻した。
景色は変わっていなかった。白々しい蛍光灯に照らされた、うすら寒いオフィスだ。
デスクに突っ伏して、俺が死んでいる。
「うぉーい!? 起きろー! 眠ると死ぬぞぉぉおー!!!」
叫んだが、俺の声は声にならなかった。
なぜなら俺には口がなかったからだ。
正確にいえば口は描いてあるが、それは俺の口ではなく、マグカップに描かれた熊の大きな口だ。
そう、俺は、大きく口を開けた熊の描かれた、黄色いマグカップに転生していたのだ。転生するなら異世界がよかったのに……。よりによってめっちゃ近いところに転生してしまった。
そこへ恩田瑞穂係長が入ってきた。デスクに突っ伏している俺を発見すると一瞬息を飲み込み、呆れたように声を漏らした。
「あっ……。死んでる」
俺より二つ年下、27歳の恩田係長は俺好みの美人だが、心は鬼か悪魔だ。
彼女は俺の死体を発見すると、すぐに隠蔽工作をはじめた。
誰かと電話で会話をはじめる。恐らく相手は愛人関係の噂もある50歳代の恰幅のいい山川部長だ。
「ええ、ええ。椎名くんが死んでるんですよ。どこの山へ埋めに行きましょうか。……はい、はい。そうね。こういうのは下っ端にやらせといて、あたしたちは飲みに行くべきよね。ウフ。じゃ、お願いします」
電話を切ると、恩田係長が俺を見た。
死んでいる俺ではなく、マグカップのほうだ。
「……あっ。これに誰かが毒を入れてたことにすれば……」
何か悪知恵を働かせようとしたようだが、うまくいかなかったようだ。すぐに独り言を収めると、俺の取っ手に細い指を潜り込ませてきた。
「喉、乾いちゃった……」
そう言うと、俺の中身のミルクコーヒーに口をつけた。俺と間接キスしやがった。いや、今、俺はマグカップだから、直接のキスだな。嬉しくないぞ、美人だけど、中身は鬼か悪魔だからな。
とりあえずこのままでは俺の過労死をなかったことにされてしまう。なんとかせねば、なんとかせねば!
なんとかせねばの気持ちが高まった結果、マグカップに描かれたリアルな熊の絵が、咆哮をあげた。
「ぬあー」
びっくりした恩田係長も声をあげた。
「はへっ?」
転生した俺様はチート能力を授かっていた。
よしこの能力で、社内で無双してやるぞ!
俺はマグカップの絵から、抜け出して、恩田係長の前に、ぬあっ! と立ってやった。
立ち上がったヒグマの俺を、恩田係長が見下ろす。
「かわいい!」
恩田係長が女の子みたいな声をあげた。
あれっ? と思って、恩田係長のメガネのレンズを見上げると、そこに映った俺の姿はまるでゆるキャラのくまさんだった。
恐ろしい熊になったつもりが、プーさんみたいにかわいいくまさんになっていたのだ。しかもちっちゃい。
「かわいい! かわいい! キミ、はちみつ食べる?」
恩田係長が少女のような笑顔で瓶入りのはちみつを差し出してくる。
バカめ。熊が好きなのははちみつではなくハチノコだ。栄養のあるハチノコを食べることによって冬眠の間のエネルギーを蓄えるのだ。
ハチノコがないなら貴様を食ってやる!
「むあー」
俺は差し出されたはちみつを指にとり、舐めて、うっとりとした声を出していた。なぜだ。
ばん! とドアが開き、恰幅のいいオッサンが入ってきた。山川部長だ。
「ぬおっ!? 瑞穂! そのくまさんはなんだっ!?」
恩田係長のことを下の名前で呼んだ。やっぱりコイツラできてやがる……。
俺は社内不倫の証拠を掴んだことに悪い笑い声を漏らした。
「ぷひひっ」
「「かわいいっ!」」
恩田係長と山川部長が声を揃え、電流にやられたように、よだれを垂らして笑顔になった。
「「なんてかわいいんだっ!」」
結局、俺の死体は雑用係の相原くんが山へ捨てに行った。
その他の会社に残っていたすべての人たちが俺を見に部屋に集まってきた。
「わあ〜、黄色いくまさん!」
「どこから来たんでちゅかー?」
「はちみつ食べる?」
みんなにかわいがられ、俺はすべてを許していた。
恩田係長が特に俺をかわいがってくれた。膝の上に乗せ、気持ちよくナデナデしてくれる。
恩田係長の中身は鬼か悪魔で何も変わってはいないが、俺が変わったことで優しい面ばかり見せてくれるようになった。
俺に足りなかったのはかわいさだったのだ。
俺にこのクソブラック会社を変える力などないと諦めていたが、俺がかわいいくまさんになりさえすれば、変わるものだったのだ。
「係長ばっかりずるーい」
「あたしにも抱かせてくださいよー」
女子社員たちが俺を奪い合いたがっている。
「ぱぷー!」
俺は分裂した。
「キャー!」
女子社員の数だけ増えた俺を見て、彼女たちが黄色い声をあげた。
今頃、俺の元の体は雑用係の相原くんによって山奥に埋められていることだろう。
どうせならあの体のまま、死ぬ前に可愛くなりたかったな──
そんなことを思ったが、無理なものは無理だ。くまさんに転生したからこそ、俺はかわいくなったのだ。
そして俺の描かれたマグカップは量産され、会社はそれを売り出した。
マグカップの数だけ俺は増殖した。
俺は日本中の人気者となった。
ハッピー・エンド
……だよな?