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第九十六話 剣聖の矜持と大衆印象操作

 俺達が出場者専用の観客席に戻ると、闘技場では俺に難癖をつけてきた男が試合をしているところだった。どうやら口だけではないようで、体格差を生かして試合を押している。それを確認するとアイドナが言った。


《やはりあの男は青です》


 俺にでもわかった。いつでも決着をつけられるタイミングはあると思えるが、決め切れないでいるようだ。それだけ力が拮抗しているのだろう。俺達が席に座ると、何人かがチラリとこっち見て面白くなさそうに舌打ちをしている。


 周辺の感想は、どんな感じだ?


《聴覚拡張で聞きますか?》


 意味はあるか?


《ありません。ほとんどがヘイトです》


 ならいい、それが効果的なのならば。


 ワァァァァァァァァ!


 どうやら試合の決着がついたようだ。俺に暴言を吐いていた大男が勝利し、剣を突き上げて雄叫びを上げている。まあ順当であるだろうが、これで俺の次の対戦相手が決まった。


 するとそこに声がかけられる。


「貴様。あれは…なんだ?」


《声に怒りが籠っています》


 俺が振り向くと、剣聖ドルベンスだった。俺を見下ろして言っている。


「あれ…とは?」


「あれが試合か?」


 なるほど、コイツにはどうやら俺がやったことが見えていたらしい。


「反射的にそうなっただけだ」


「…ふざけるなよ。ここに集まっている者達は、日々精進し技に磨きをかけて来た者達だ。その技を振るう事無く、事故なんかで終わらせられてたまるか」


 そこで俺は単純に疑問に思って言う。


「受付の時にそういうルールは聞いていない。相手に技を披露させろとは言われなかった」


「貴様…」


「相手に全てを出させて勝つ意味とはどんなものがある? さっきの試合で見た他の剣聖も、俺と似たような事をしていたと思うがな」


「貴様…面白い。もし貴様が順当に勝ち上がってきたら、その時に教えてやろう。五体満足で闘技場を出れるとは思うなよ」


「わかった」


 するとドルベンスはくるりと身を翻して、観客席を出て行ってしまった。


《ノントリートメントは地位で人を判断するようです》


 地位で?


《剣聖ならば技を鍛えし者だから、相手を封じ込めても認められると暗に言っているのです。奴隷風情がそれと同じことをすれば、汚い事をして勝ったと言われるのです》


 なるほど。勝ち方にどのような合理性がある?


《皆無。勝ちは勝ち、それだけです》


 ならばやるべき事をやるだけだ。


《脳波、心拍、体温共に正常。冷静でいるようですね》


 この会場に入ってから、心を乱す事など無かったと思うが。


《ありませんでした。合理的判断で良いと思います》


 わかった。


 すると俺の隣りで、黙っていたヴェルティカが言った。


「コハク。気にする事無いよ。さっきの事を考えちゃってるんでしょ?」


「考えてはいた。全てが非常に興味深いとは思う」


「まったくコハクは常に一定なんだから」


「辺境伯領で起きた事からすれば、何も乱される事は起きていないからな」


「確かにそうだけど…」


「あれ以上の事件でもあれば、少しは気持ちも昂るさ」


「頼もしい…と言って良いのよね?」


「俺は俺の仕事をする。それ以外は何も考えていない」


「わかったわ。私はこれが終わるまでずっとそばにいる」


 そうして俺達は再び試合会場を見た。するとドルベンスが会場に出て来る。点滅の赤と青の対決、勝敗は明らかで、ドルベンスが百パーセント勝つだろう。だが先ほど俺に言った言葉が本心だとしたらどうなるか?


「出て来たわ」


「さっき言っていた事が本心なら、相手の技を披露させてくれるという事だな」


「もちろんそうなるわ。剣聖ですものメンツが一番大切でしょうから」


 銅鑼が鳴り試合開始の合図が鳴った。


 すると俺に対しての言葉通りに、ドルベンスは敵と相対している。いきなり斬りかかる事もなく、相手の動きをじっと待っているようだ。


 シュッ!


 相手が斬りかかって来た。もちろんそのモーションは単純で、ドルベンスは紙一重で交わした。相手が振り返っているが、今打ち込めばドルベンスの勝ちだった。だがそうする事は無く、相手の体勢が整うのを待っている。


「言うだけあるわね」


「そのようだ」


《ですが、無駄に体力を消耗します》


 だな。一気に片付ければいいものを。


《その通りです》


 まあドルベンスはそれほど無駄に体力を消耗はしていない。


 そして相手の技を見切りスルスルと躱しているようだ。だが決着はあっけなく、相手が剣を振り切ったところで首元に剣を突き付けて終わり。


 ドワァァァアアアアアアア!


 今までに無いような大歓声が起きた。


「見事ね」


 ヴェルティカまでもが言う。


 だがそれは必要な事なのか? 


《ノントリートメントが言うメンツとは面倒なものですね。口頭で言ったからといって、それを実行する必要などありません。ですが先ほどの歓声のバロメーターから考えると、人心掌握に一役勝っているようです》


 確かに。


《先ほどの助言ですが、一考の価値はありそうです》


 やってみるか?


《とりいれましょう》


 そして俺はヴェルティカに言う。


「皆が感動しているようだな」


「ええ。剣聖としての矜持を示した形になったわ。それに反応しての、あの歓声ね」


「ちょっと聞きたいんだが、王に対してもそれは効果があるか?」


「もちろんあると思う。陛下は特にそういうものを重んじるようよ」


「わかった」


 なるほど。ただ勝ち上がれば良いと言うものでも無さそうだな。


《新たな情報ですね。印象操作が重要であるという事です。乱数を加味しノントリートメントの思考演算をします》


 次には役立てられるか?


《思考演算終了。体力を消耗せずに、印象付けする勝利パターンをシミュレーション。その観点からも、これからの出場者の試合をインプットしていきます》


 勝てばいいだけじゃないというのは、新たな気づきだったな。


《第一段階でヘイトは集まりましたから、次はギャップであると考えましたが、ノントリートメントの感情を満たす事も要素に入れれば、更に効果が上がると学習しました》


 流石は素粒子AI、一秒もかからず修正を終えたらしい。それから数試合があり一回戦が終わった。トーナメント方式なので、次は難癖をつけて来た男との勝負となる。負けた者は帰っても良いらしいが、半数以上は残って残りの試合を見ていくらしい。


 そうして第二回戦が始まり、数試合目に俺の順番が回ってくるのだった。

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