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第九十四話 強化鎧でエキシビジョン

 武闘大会の出場者は控室に戻って順番を待つか、出場者専用の客席から試合を観覧するかを自由に選べるようだ。他の出場者の様子を伺っていると、ほとんどが客席にいる。


《皆、他の出場者の力量を見極めようとしているのでしょう》


 だろうな。だがこの対応はありがたい。おかげで他の出場者データを記録できる。


《はい》


 見下ろす闘技場には黒い鎧を着た、”主喰らい”ボルトが大刀を床に突き立てて仁王立ちしている。その様は威風堂々という感じで、観客も見とれていた。


 だがあれは、ボルトの威勢がいい訳ではない。ボルト専用に魔力供給のオンオフが出来る仕様にしたのだが、魔力供給をカットしている為に、鎧の重量をモロに受けてああなっているのだ。五分という限られた駆動時間を考え、ボルトがギリギリまで魔力の供給を抑えているのだろう。


 すると周りの出場者たちが、話しているのが聞こえてくる。


「主喰らいの野郎、随分余裕じゃねえか?」

「だな。あんなにどっしりと構えてよ」

「つうか。あんな大刀を振り回せるのかね?」

「さてな。噂が本当かどうかはこれから分かるだろ」


 皆が興味津々のようだった。それは観客も同じで、漆黒の鎧を着たボルトに視線が釘付けだ。


 ざわつく会場で司会の大男が叫ぶ。


「主喰らいの相手はこいつだ!」


 闘技場奥の巨大な鉄格子がガラガラと開けられる。その通路の奥から唸り声が聞こえて来た。


 ぐるるるるるるるるる!


瘴気渦巻く暗がりの中から、獲物を食らわせろと虎視眈々狙っている。突如、入り口の壁を長い爪を生やした手が掴む。それに引っ張られるように、ぬうっと明るみに顔が出て来た。


 それを見た出場者が言った。


「お、おいおい。スピアヘッドベアだと?」

「前情報じゃ、ベリグロかデスグールって話だったぜ」

「アレ押さえつけんのも、一苦労だったんじゃねえかな」

「それくらいじゃなきゃ、主喰らいのエキシビジョンは盛り上がらねえってか?」


 アイドナ。魔獣の数値は?


《概算で表示します》


名前 スピアヘッドベア

体力  5300

攻撃力 1570

筋力  7200

耐久力 2700

回避力 22

敏捷性 48

知力  21

技術力 29 


 おいおい。パライズバイパーより上回っている数値があるぞ。


《体力と筋力だけです》


 弱点は?


《愚鈍です。あのツノさえ気を付ければ問題ありません》


 それにボルトが気づいているかどうかだな。


《彼は冒険者です》


 なるほど。


 ズン! とスピアヘッドベアが一歩踏み出す。


 ふしゅるぅぅう!


 大きく息を吐き、中央で仁王立ちしているボルトを睨んだ。あれが自分の敵だと認識したのだろう。


 ドズンドズン! 


 地響きをさせてスピアヘッドベアが日の元に出て来た。


 観客たちも騒ぐ。


「デカいぞ!」


「マジで主級を用意したんだ!」


 ぐああああああああ!


 スピアヘッドベアが威嚇するように吠える。だが中央のボルトは微動だにせずに、仁王立ちでそこに立っていた。


「おいおい。萎縮しちまってるんじゃねえのか?」

「いや、誰だってビビるだろ。Aランクパーティが連帯でやる相手だぞ」


 すると俺の隣りのヴェルティカが聞いて来た。


「コハク…。あれ大丈夫なの?」


「問題ない」


 と思う。


《予測演算終了。終了までの時間は四分三十七秒》


 結構ギリギリだな。


 ドドドドドドドド!


 スピアヘッドベアがボルトに突進していく。だがまだボルトは微動だにしていない。ギリギリまで魔力を温存するつもりでいるんだ。出場者の一人が叫ぶ。


「おいおい! ヤベエぞ!」


 四つん這いで突進するスピアヘッドベアのツノが、真っすぐにボルトに向かう。するどいツノがもうすぐボルトに到達するかという時、観客の一部は目を伏せて惨劇から目を逸らした。


 キィィッッ!


 次の瞬間、ボルトの大刀がツノを弾きながら横跳びしていた。ボルトが居た場所をスピアヘッドベアが通過していく。


「なっ…」

「あの鎧であの動きすんのかよ!」

「しかも大刀のフリが速え!」


 だがボルトはスピアヘッドベアから離れると、先ほどと同じ格好で仁王立ちした。


 なるほどな。極力魔力の消費を抑え、戦闘時間を長引かせようとしているか…。


《そうせずともやれるのですが、彼なりの対策なのでしょう》


 俺が五分と言ったから、魔力消費を節約しながら戦っているらしい。


 だが、それは他の出場者や観客には違うように映ったようだ。


「また仁王立ち…」

「つうかよ。あれ攻撃してこいって言う意味じゃねえのか?」

「嘘だろ? あの大物相手にか?」


 ウワアアアアアアアアアアアア!


 突然の大歓声が起こった。


「すげえぞアイツ!」

「だいぶやるぜ!」


 意図せずその仁王立ちが演出となってしまったらしい。会場内が滅茶苦茶盛り上がり、大声援が注がれていた。今度スピアヘッドベアは、前足を掻くようにして突進の準備をしている。


《前回より速いでしょう》


 ダッ! さっきより勢いよくボルトに突っこんでいく、スピアヘッドベア。だが今度も同じ用にツノを剣で弾き、その場所から飛び去った。そしてまた仁王立ちになる。


 それで会場は一気に盛り上がった。


「「「「「「ボルト! ボルト! ボルト! ボルト! ボルト! ボルト! 」」」」」」


 応援の合唱が始まった。


 拳を握りながらヴェルティカが言う。


「ほ、本当に大丈夫なんだよね? ボルト」


「ああ」


 俺の視界ではアイドナの予測カウンターが三分を回っている。


 後一分半でカタがつくか?


 すると怒り狂ったスピアヘッドベアが、ぐるりと振り向いてボルトを睨みつける。


《好都合です。魔獣が冷静さを欠きました。既に単調な行動しかしません。ボルトの省エネ作戦を挑発と捉えられたようです。終了時間を二十秒短縮します》


 そうなのか? 劣勢にも見えるが?


《いえ。ボルトの行動から明らかに次で勝負をつけるつもりです。稼働時間に対して焦りを感じていると推測されます》


 おれのせいだ。


《むしろ好転しました》


 がああああああああ!


 スピアヘッドベアが大きなうなり声を上げて、更にスピードを増してボルトに突き進んでいく。確かにスピードは上がったが、単調で隙だらけの行動だった。


 今度は到着する前に、ボルトがスピアヘッドベアに構えを取る。


 次の瞬間だった。


 ボルトが深く体を潜り込ませ、鋭い角を躱した。そのまま腹の下に潜り込んだ時。


 シュパン!


 ドッ! ズサササササササ!


 ボルトが強化ゲインを最大にして、スピアヘッドベアの後ろ足を断ち切った。そしてそのまま振り返り、ダッと倒れたスピアヘッドベアの尻から背中を駆けあがる。


《詰みです》


 ドシュゥ!


 あっという間の出来事だった。ボルトの大刀がスピアヘッドベアの首の後ろから入り、前から飛び出ていた。


 ズッズゥゥゥゥン!


 スピアヘッドベアはそこで息絶える。


 一瞬、会場がシーンとなった。だが…


 ドワアアアアアアアアアアア!


 地響きのような大歓声が起きる。出場者たちもあっけに取られて言った。


「な、あんなにあっさりと?」

「一瞬じゃねえか」

「主喰らい…本物だ…」

「アイツが本戦に出場してたらヤバかったんじゃないか?」


 焦っている。


 ボルトは俺を見つけているようで、こちらをじっと見ていた。俺はゼスチャーをして、もっとアピールするべきと指示を出す。


 するとボルトはスピアヘッドベアの体の上に立ち、ズンと大刀をさして握りこぶしを上げた。


 ワアアアアアアアアアアアア!


 再び大歓声が起きた。


《三分五十七秒。チューニングの整合率九十七パーセント、魔力残量五十二パーセント、損傷ゼロ、敏捷性能問題なし、耐久試験が出来ませんでした》


 上出来だ。耐久試験はまた次の機会にだな。


《人心掌握に関しても成功でしょう》


 俺がアイドナと話しているとヴェルティカが言う。


「ボルト、大役は果たしたわね」


「だな」


 大きな拍手が起こり、ボルトが送り出されていく。


「すげえぞお! 主喰らい!!!」

「物凄いものを見せてもらった!」

「ボルト様ああああ」

「結婚してぇぇぇぇ!」


 そうしてボルトは控え室に戻って行った。


 ガーンと銅鑼が鳴り静かになる。


「噂の主喰らいの力量は本当だった! これにてエキシビジョンは終わり! それでは本戦を始める!」


 再び大歓声が沸き起こる。ヴェルティカは、強化鎧のデモンストレーションの第一弾が終わりホッとしているようだ。だがこれは出来レースのようなもの。アイドナは人間達が用意出来る魔獣であれば、間違いなく討伐できると分っていた。


《では次の段階に入ります》


 わかった。


 そしていよいよ、王覧武術大会の本戦が始まるのだった。ヴェルティカが不安そうな顔で俺を見ているが、そんな心配をしなくてもいい。なぜならば、俺はただこの王覧武術大会を駆け上がるという単純作業を繰り返すだけなのだから。


 そうしている間にも、アイドナが出場者のデーターを解析し必勝パターンをシミュレーションしていくのだった。

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