第九十三話 王覧武術大会開催式
闘技場内部は周りを石段の客席で囲まれおり、円形の地面が見物できるようになっている場所だった。床は石造りで、あちこちが抉られ、ひび割れがおこり、幾多の戦いの傷跡が刻まれていた。その中心に出場者が円形に並ばされており、静かに立っている者、客席に手を上げている者、雄叫びを上げている者などがいる。
アイドナの音声が流れる。
《全出場者の、心拍数、体温、発汗状態、筋肉のこわばり、動作の状態を確認しました。ほとんどが緊張、もしくは怒りにも似た感情を持って威圧しているようです》
客席にいる奴らが、やたらと騒がしいな。
《歓声をあげています。恐らくはこの状況に熱狂して、その気持ちを素直に表しているか、周りにつられて自分も声を出している状態となります》
何人いる?
《立ち見も合わせて、五万四千人から五万五千人の間で変動しています》
五万もいるのか。
《少しずつ増えているようです》
ここの出場者の力量はどんな感じだ。
《実際の身体稼働状況を確認せねば、正確な予測演算は出来ませんが、おおよその強さの目安を色別で表示いたします。確認しにくくなりますので、数値は対面した時に表示します》
俺の視界に映っている出場者が、青と赤で分けられる。だが二人だけ点滅している奴がいた。
点滅は?
《恐らくは実力を隠していると推測》
そんな事が出来るのか?
《身体の全てを、コントロールしているように見受けられます》
なるほど。
アイドナと話をしているうちに、プーーーーー! とラッパが鳴り、ドーンと鐘が鳴らされる。すると客席が一気に静まり返り、そこに大きな声の大男が声を張り上げた。
「ここに王覧武術大会の開催を宣言する! 出場者には陛下よりありがたいお言葉を頂戴する!」
すると客席の中心にある、特別な座席の中から豪華な服を着た男が現れた。それを見て大男が言う。
「平伏せよ!」
ざっ! と客席の客らが頭を下げる。出場者も跪いたので、俺もそれに習い膝をついた。
「皆の者! 我がエクバドルに良く来てくれた! 国内そして国外の強者が一堂に会し、ここエクバドル闘技場にて、武の競演が執り行われる事に感謝の意を表する。日頃磨き上げたその技で観客を魅了し、勝ち残ってその武勇を轟かせるがいい! 見事、優勝すれば褒賞を与えよう。そして一つの願いをかなえる事とする! 見事駆け上がり、我の度肝を抜いてみせよ!」
挨拶が終わると、客席から大歓声が起きる。
ドオオオオオオオオオ!
割れんばかりの歓声だった。
あれが王か。
《そのようです。あなたが魅せるのはあの王ただ一人、それ以外に意識を向ける必要はゼロ》
了解だ。
《あなたの心拍数、体温上昇、アドレナリン数値正常化、筋肉弛緩なし。完全リラックス状態に整えました》
わかった。
周りの奴らは興奮しているようだが、俺は一切感じる事はない。全てアイドナがコントロールしているためで、必要に応じてアドレナリンを分泌するようになっている。
バーン!
また銅鑼がなり、大男が言う。
「出場者を読み上げる! 剣聖! ドルベンス・バーリクード!」
すると俺の視界では点滅している奴が手を上げ、深々とお辞儀をした。客席から拍手が起きる。
あいつが剣聖らしい。
《オーバースが言っておりました》
身体状況をコントロールしているのか?
《そのようです》
そして出場者が次々に紹介され、拍手が起き歓声が沸き上がった。皆が楽しみにしているようで、次に呼ばれる名前を待っている。
ようやく俺の番が来た。
「パルダーシュ辺境伯領からの特別参加! コハク! …これは…」
少し戸惑っている。
「地位は…奴隷!」
今までの歓声や拍手とは違い、どよめきが起きる。歓声も拍手も無く、会場中がどよどよとなっていた。大抵が騎士や師範代、そして剣聖などと紹介されている中で、俺だけが奴隷と紹介されたからだろう。
すると出場者の一人が言う。
「おいおい…奴隷だと?」
「なんで奴隷なんかが参加してるんだぁ?」
「どいつだよ」
そこで俺が手を挙げた。すると今まで名乗りを上げても見向きもしなかった奴らが、一斉に俺を見て来る。観客もシーンとして俺を見ているようだ。
《最適解が出ました。想定されたように、人心掌握の第二段階に突入しました》
上手く行っているのか?
《想定より少々出来過ぎでしょうか》
ならいい。
《出場者の身体状況にも変化が出ております。怒りや蔑みの感情が出ていると推測。油断や必要以上の意気込みを引き出す事にも成功しています。状況掌握と管理シミュレーションを開始します》
わかった。
その後も次々に紹介されていく。一通り紹介が終わると、また銅鑼が鳴らされた。
ドーン!
静まり返ると大男が言う。
「では大会に彩を添える、エキシビジョンを始める。最近、巷で話題の人物の登場だ!」
すると舞台袖から真っ黒い鎧を着て大刀を携えた、ボルトが入場して来た。それを見た観客が、さらに大きな歓声を上げた。
ウオオオオオオオオオオオオ!
どーんと銅鑼が鳴る。観客が静かになったところで大男が言う。
「今、北で売り出し中の冒険者! ”主喰らい”の二つ名を持つ、冒険者パーティー風来燕のリーダー! ボルトだ!」
ウオオオオオオオオオオオオ!
ボルトは大刀を振り上げる。
「おい! みろよ! あの大刀を片手で持ってるぜ!」
「漆黒の鎧なんて始めて見るぜ」
「素敵ぃぃぃ! ボルト様あ!」
「結婚してぇぇぇぇ!」
凄い歓声だ。先ほど大刀を振り上げた事からも、正常に強化鎧が稼働している事が分かる。本来黒くする必要はないのだが、俺の鎧に似せて黒く塗っているだけだった。ボルトは魔力吸収できないので、ブラッディガイアの素材を使わず、ただ黒い染料を入れた鉄でコーティングしてあるだけだ。
「出場者退場!」
そうして俺達は会場を追い出される。残ったボルトが、俺に何かを語りかけた気もするが、あとは自分でどうにかしてもらうしかない。だがあの鎧は、それこそボルト用にチューニングをしてメルナが魔力を注いでいる。俺達のデモンストレーションは、もう既に始まっているのだった。