第九十一話 起死回生の施策
部屋に集められた、パルダーシュ辺境領の面々をオーバース将軍が見渡す。オーバースとて、全て上手くいくとは確信出来ていないようだが、目下これが最善の策だと言って話し始めた。
「まずゴルドス国侵攻の件だが、俺は間違いなく侵攻はあったと確信している。だがそれを見た者は、ここにいる者と市民の一部だ。俺と一緒に向かった王兵の中でも、直属以外は半信半疑な者も多い。故にそれらの話が王都に全く出回らず、魔獣による都市壊滅と辺境伯の没落だけが先行している状況だ」
フィリウスが深く頷いて皆に言う。
「オーバース様のおっしゃっている通りだった。我々に対しての風向きは非常に悪く、援護して下さるのはこのオーバース様だけとなっていた」
するとオーバースはニヤリと笑って言う。
「俺が信じるのは、本当の事を知っているからだ。そしてパルダーシュに居た時に見た、君らと市民らの必死さで確信した」
ヴェルティカが深々と頭を下げると、ビルスタークとアランも頭を下げた。
「ありがとうございます。オーバース将軍が来てくれて本当に良かった」
「ヴェル嬢ちゃん。そう言ってもらえるのは嬉しいが、これからが正念場だ。俺も国の防衛の一翼を担う身だからな、万が一、君らがダメだった場合は援護は出来なくなる」
「いえ。お兄様とも話しました。ここまででも十分にやってくださったと」
「たまらねえな。最後までやり通してやりたくなる…」
フィリウスが首を横に振った。
「オーバース様。我々の事で国を脅かすような事があってはなりません。その時は我々が潔く身を引きますので、何卒お気遣いなさらぬようお願いします。今日、他の将軍たちや貴族との話し合いの中で、立場が悪くとも私たちの側に立ってくださいました。それだけで十分にございます。華々しいオーバース様の肩書に傷をつけるわけにはまいりません」
「俺の肩書なんざあどうでもいい。いつでも挽回するしな、とにかくダメになった時の事は考えるな。成功する事だけを思い描け。そこに奇跡の男がいるじゃねえか」
そう言ってオーバースは俺を指さした。
俺は何も言わなかった。そしてオーバースは笑いながら言う。
「何を考えているか分からねえが、嬢ちゃんに身を捧げると言ったのは本当だ。今回の企てはコハクが全て、皆もそれを肝に銘じておいてくれ」
「「「「「「はい」」」」」」
そしてオーバースが風来燕の面々を見る。
「で、お前らはどうなんだ?」
ボルトが答える。
「どう? とは?」
「本来、冒険者は自由の身だ。それなのに巻き込まれて、いつのまにやらパルダーシュの客人。今回はその一役を担う事になってるが、途中で降りる事は出来ねえぜ」
「何を言うかと思えばそんな事ですか? 乗り掛かった船、途中で降りたら溺れてしまいます。先ほど将軍はおっしゃった、失敗を考えるなと。俺達は勝ち船に乗ったつもりでいます」
「お前さん、随分なお人よしだな」
するとフィラミウスが言う。
「分かりますか? 将軍。私達はいつもこのお人よしに振り回されているんですわ」
「大変な奴についたもんだな」
それにベントゥラが言う。
「おかげさまで、全く飽きる事がありません」
ガロロが笑っている。
「がはははは! 将軍よ、わしらも筋金入りの大馬鹿なんじゃ」
「違いない」
そしてオーバースは深く息を吸い込んで吐いた。本題に入るようだ。
「ふー。まず根回しできるものはしてある。ここからはやるだけだ」
「「「「「「はい」」」」」」
「まずパルダーシュが、少人数でゴルドスを追い払ったという事実を、力技で認めさせる必要がある」
皆が身を乗り出して、オーバースの言葉に集中する。
「今日という日に、王都に到着する事を選んだのは王ではない。この俺だ! 三日後。数年に一度の大きな武術大会が開催される予定だ。それは王覧試合と言い、国内はおろか周辺各国からも腕自慢が集まる国際大会となっている。そして無事に大会は開催される事が発表された。そこでだ…本来はパルダーシュからの参加は無しとされていたが、俺が一名枠を確保して来た」
そこでフィリウスが言う。
「そう。本日の将軍たちや貴族との話し合いで、オーバース様が無理やりねじ込んでくださった。本来はオーバース様が出場するはずだった枠を、我がパルダーシュの為に譲ってくださったのだ」
「まあ一旦は大反対されたがな」
ヴェルティカが聞き直す。
「どうして了承していただいたのです?」
それにはフィリウスが答えた。
「惨憺たる結果になった場合、オーバース様が責任を取るとおっしゃった。もし予選も通過しなければ、将軍の座を下りると」
ざわっ!
室内がざわついた。
「そ、そんな! どうしてそこまで!」
ヴェルティカが言うがオーバースは笑って答える。
「俺は真実が捻じ曲げられんのが大っ嫌いなんだよ。それは俺の信念だからな、その代わり異を唱えた奴らは覚えておけと言ったまでだ」
ボルトが言う。
「鳥肌立つぜ…。将軍あんたって人は漢の中の漢ってやつなんだな」
「馬鹿野郎。そう言うのは女に言われて喜ぶもんだ! てめえが言うな」
「す、すいやせん!」
皆がクスりと笑う。
「…でだ。あとは分かるな? その枠に出てもらうのは…」
ヴェルティカが代わりに言う。
「コハク…ですか?」
「そうだ。俺はそいつの奇跡にかけようと思った。それに関して異論のある奴は居るか?」
誰も何も言わない。
「決定だな。どうだ? コハク? ちゃんと鍛えて来たんだろうな?」
「やる事はやった。勝つか負けるかは相手を見なければわからん」
オーバースがニヤリとする。
「強ええ奴らがごろごろいるぞ。世界に数人しかいねえ、剣聖なんて奴も出て来る。それこそ各国が威信をかけて代表を出して来ているからな。お前はそこを駆け上がるんだ」
「駆け上がればどうなる?」
「優勝者には、陛下から褒賞が下される。そして一つ願いをかなえてもらえるんだ」
「わかった。なら駆け上がればいいんだな」
するとまた、ボルトが言う。
「うおっ! また鳥肌立った…」
それに対しオーバースが頷いた。
「そいつは同感だ。将軍なんてやってるが、鳥肌が立ってくるぜ」
皆が俺を見ている。別に何も言う事はない。
ただ一つだけオーバースに聞く事がある。
「そこで鎧を売り込むのか?」
「そうだ」
「わかった。あとはやるだけだ」
するとオーバースが思い出したような表情をする。
「あー。そうそう、そのデモンストレーションもかねて、前座で戦ってもらう奴がいたんだ」
ボルトが聞く。
「誰なんです?」
「お前だよ」
「あーお前ですか。あー…お、俺ぇ!?」
「そうだ。おまえ専用鎧が完成したとコハクから聞いている。そいつを着て前座で魔獣と戦ってもらう事になっている」
「そ、そういう事は、もっと前もって言ってもらわねえと!」
「今言ったが? コハクだって今聞いたんだぞ?」
「コハクと俺を一緒にしないでくれ!」
「大丈夫だ。なあ…コハク」
オーバースが若干不安そうに聞いて来るが、俺はそれに聞き返した。
「魔獣の情報は?」
「秘密だが。おそらくはベリグロかデスグールだ」
それを聞いてボルトが言う。
「ちょっ! ちょっ! ちょっ! それを俺一人でか?」
「なんだ。パライズバイパーよりは下の魔獣だぞ」
「いやいや。あれは…」
だが俺はそれを遮ってオーバースに言った。
「なら問題ない。ボルト頑張れ」
「へっ?」
「強化鎧の性能は伊達じゃない」
「…間違いないか?」
「ああ」
「まあ…コハクがそう言うなら」
するとフィラミウスが言う。
「ほら! シャキッとしなさいよ! あんた主喰らいなんでしょ!」
オーバースも言う。
「そうだ。最近名が売れ出したから丁度良いんだ」
「わーった。分かりましたよ! やりゃいいんでしょ! やりゃ!」
「その調子だ」
そしてその後、オーバースから詳細を聞き会議は終わる。外も既に暗くなっておりオーバースは帰って行った。三日後に控えた王覧試合に向けて俺達は動き出すのだった。