第九十話 劣勢だと知る
警戒しつつ振り向いたホテルの玄関から、ボルトがひょこっと出て来た。ボルト以外のメンバーはおらず、なんとなく顔を出したといった雰囲気だ。ホテルの前にたむろしている若い女達がざわついており、その視線はボルトへと向かっている。そしてボルトが俺に聞いて来た。
「ちょ、これ何の騒ぎだよ」
「知らん」
するとその中の女三人が近づいて来た。
「あの」
「ん?」
「もしかしてあなたが”主喰らい”さんですか?」
俺とボルトが顔を見合わせ、ボルトが答える。
「そうだが、あんたらは?」
「「「きゃーーーー!」」」
「ど、どうしたんだ?」
「本当に来てたんだ!」
「すごぉーい!」
どうやら娘達は、ボルト目当てでここに見に来たらしい。ボルトはただ困惑しており、どうしていいか分からない様子。
「と、とにかくここはホテルの入り口だ。邪魔になるからズレた方がいい」
「「「はーい」」」
すると放れて見ていた女達も近づいて来た。そしてそのうちの一人が言う。
「あの。魔獣の主を狩りまくっているって本当なんですか?」
俺とボルトが顔を見合わせる。
「まあ、結果からしたらそうだな」
「「「凄い!」」」
「で、なんか用かい? ちょっと今、たてこんでるんだ」
「「「そうなんだぁー」」」
「とにかく用がないなら帰ってくれ」
だが直ぐには帰らず、女達が自分の紹介をしだした。どうやら男爵や商人の娘で、力のある冒険者に会いに来たのだとか。
するとそこに、他の風来燕のメンバーが出て来る。
フィラミウスが言う。
「なにしてるの? 話し合いが始まるわよ」
軽くフィラミウスが声をかけると、娘達の視線が鋭くなりフィラミウスを睨む。
「ちょっとぉ。あなた誰なんですか?」
フィラミウスがポカンと娘を見ている。
「なんとか言いなさいよぉ」
ようやくフィラミウスが言う。
「名乗るほどの者じゃないわ」
「二人はどういう関係ですか!」
「二人の関係って?」
「主喰らい様とあなたよ!」
そしてフィラミウスはボルトを見た。顔がにへらぁとしている。
「なんでもないわ。パーティーメンバーというだけよ」
「ふーん」
フィラミウスは周りの娘達の視線を全く気にせずに、ボルトに向かって言った。
「あなた人気じゃないの。この子達のお相手をして差し上げたら」
「はあ? おまえ何言ってんだよ?」
「だって。あなた目当てで来たんでしょう?」
「し、しらねって」
「お嬢様には、女達が迎えに来て出かけたとお伝えしてあげるわ」
ボルトが慌てて言う。
「おい! まてまて! 俺がいつ行くって言った!」
「あら? 行かないの?」
すると今度はベントゥラが言う。
「そうだぜボルト。こんなチャンス一生に一度あるかないかだ」
「馬鹿言えベントゥラ。おりゃパルダーシュ辺境伯の客人だぞ!」
それを聞いていた男爵の娘達が言う。
「あら。没落寸前の田舎の領主につくくらいなら、私達王都の貴族と仲良くした方がいいわよ」
「そうそう。うちは大きな商人だし、お金ならいーっぱいあるけど」
「やっぱり、田舎と都会じゃ全然違うわよねぇ」
娘達がへらへらという。ガロロは関係したくないようでそっぽを向いていた。
するとアイドナが脳内で話す。
《情勢は悪いと見ていいですね。すっかりパルダーシュがダメになると思われている。王都中で噂が回っているのでしょう》
それはどう影響する?
《良いとは言えません。やはりオーバース将軍の前情報通り、その噂を覆すだけのものが必要となるでしょう》
わかった。
そこにアランがやって来る。
「おい。何をしている? 早めに飯を食って話をしないと、フィリウス様達が戻って来るぞ」
今度は女達がアランを見て、ぽーっとなった。
「いい男…」
「誰?」
「素敵じゃない…」
だがアランは全く意に返さずに言った。
「こんなことで手間を取らせるな」
「わ、わかった」
アランについてフィラミウスとガロロとベントゥラが入って行った。ボルトが立ち止まり女達に向かって言う。
「悪りいけど帰ってくれ。じきにここに王兵達がやって来る。あんたらここにいると怒られるぜ」
一瞬シーンとしたが、女達が言った。
「ね。気が向いたら町に遊びに来てね」
だがボルトはそれに答えずに入って行った。すると女達も諦めて帰っていく。俺もボルトの後ろから部屋に戻ると、風来燕の三人とアランとビルスタークまでがにやにやしていた。
ビルスタークが言う。
「随分とモテるじゃないか。ボルト」
「よ、よしてください。なんか、ねじ曲がって伝わってるみたいです」
フィラミウスが笑って言う。
「より取り見取りじゃないの」
「だから止めろって」
するとそこにヴェルティカがやってきて聞いた。
「なにがあったの?」
だがボルトは慌てたように大声を出す。
「な、なにもありません! お嬢様。いったいなんでしょうね? きっと田舎者がめずらしかったのかもしれません」
「?」
「とにかく! 準備をしましょうぜ!」
「えっええ。そうね。ではまず食事を」
そうして俺達はホテルの食堂に行き腹ごしらえをした。その後しばらくフィリウスとオーバースは来ず、夕方になってようやく顔を出す。
「戻ったぞ」
「お帰りなさいお兄様。いかがでした」
「戦況はあまり良くない。既にパルダーシュは終わったと思っているのが大多数だ」
「そうですか…」
するとオーバースが言う。
「あまり暗い顔をするな嬢ちゃん。それなりの情報を仕入れて来た」
「はい」
そしてオーバースがみんなに話し出す。
「まず。先ほどフィリウスが言った通り情勢は良くない。パルダーシュにはもう力が無いと思われている。それは市民とて同じで、既に次の辺境伯候補の予想がたてられているような状況だ」
そこでアランが手を上げる。
「先ほど。男爵やら商人の娘達が様子見に来ておりました。求心力を無くした辺境伯から、何か取れると思っているのやもしれません。客人扱いであるボルトに誘いがかかりました」
「うむ。さっそく動きが出たか…」
「そのようです」
そこでボルトが手を上げて言う。
「断りましたぜ! そんな下世話な話に乗りませんぜ」
「流石は、ヴェルティカ嬢ちゃんが目をつけただけはあるな」
「は、はい!」
「では続けるぞ」
皆がオーバースの言葉に耳を傾ける。部屋には身内しかいないが、オーバースは少し声のトーンを落として、身を寄せるように話し出す。
「改めて王都に来て聞いた情報を踏まえ、この情勢を覆す施策を言う」
皆が頷く。
既に終わったと思われているところから、覆す施策とは何か? 皆が一字一句聞き漏らさぬように耳を傾けるのだった。