第八十九話 王都でのおかしな雰囲気
この世界に来て、一番最初に魔獣のトロールと遭遇した峠を通過した。ヴェルティカとビルスタークがその時の事について話している。もちろんアイドナの予測では、俺単体でも百パーセント討伐可能。なぜならばトロールのステータスは、オーガコマンドやパライズバイパーに比べてはるかに低いから。アイドナ曰く、トロールが秀でているのは筋力と耐久力だけらしい。
学習の為、アイドナが俺の脳内にトロール討伐の予想映像を表示している。バーチャル映像では、トロール討伐時間が十秒程度だった。実際に体感としてはそのくらいだろうと思う。
ビルスタークが言う。
「あれからコハクはみるみるうちに強くなってしまったな。俺の目が見えていたところで、既に敵ではないだろう」
それに俺が答える。
「分らんさ」
するとビルスタークが苦笑いしていう。
「俺も自分の力量ぐらいわかる。それだけコハクが突出していると言う事もな」
だが俺は素粒子AIの演算通りに動いているだけで、強くなったなどという実感はない。ただ変わった事と言えば、今では筋トレなどしなくても筋肉増強が自由自在となっている。風来燕とさまざまな魔物を討伐して、それらの魔力を吸収した結果、体の各部位を魔物並にすることすらできた。
隊列は魔物に遭遇する事も無く、峠を越えて王都に続く平野へ下った。
俺がビルスタークに聞く。
「魔物が出なかったな」
「そりゃそうだ。魔物も馬鹿じゃない、屈強な兵団が通っているところには出て来んさ。もちろん盗賊もな」
「なるほどな。確かにこの大人数でかかれば、ひとたまりもないだろうからな」
「そう言う事だ」
アイドナがその会話からデーターを取っている。
《重装備の警戒時に襲われても問題がないと言う事です。都市でのんびりしている時に襲われればそれには該当しません》
わかってる。それでパルダーシュは壊滅したからな。
《魔物もある程度、知恵があるという事なのでしょう》
それから半日かけて王都が見えて来た。日時に遅れないように余裕をもって出発したらしく、王との面会日の三日前に到着となる。魔獣に遭遇したり盗賊に会ったりと不慮の事故が起きても、前日までには着くように設定されているらしかった。今回は何も起きなかったため、三日前の到着となった。
すると馬が俺達の馬車までやって来た。乗っているのは伝令で、王都に入るのでそれなりに準備をと言う事だった。そこでフィリウスがみんなに言う。
「万が一がある。みな身だしなみを整え、きちんとした姿勢で入都するように」
「「「「はい」」」」
オーバースの王兵が都市に入り、それに続いて俺達の馬や馬車も門をくぐっていく。王都の壁は、パルダーシュの市壁とは比べ物にならないほど高く堅牢だった。王兵の行列を見るためか、市民や子供達が見物に出ている。
アランが言う。
「団長。ずいぶん人が出てます」
ビルスタークが答えた。
「御触れが出ていたのだろう」
「それにしても、こんなに見物人がでますかね」
「そんなにか?」
「はい」
確かに俺が前に王都から出発した時より、遥かに人の数が多い。椅子に立って外を見ていたメルナが言う。
「あれ? あれあれ?」
「どうした?」
「人だかりは、馬に乗ってるボルトに集中しているように見えるよ」
「ボルトに?」
「気のせいかなあ…」
「気のせいだろう」
そうして列が止まり、俺達が馬車を下りるとオーバースとフィリウスがやって来た。
先にオーバースが言う。
「陛下との謁見の日まで丸二日ある。それまでに準備と話し合いだ。俺とフィリウスは王宮に挨拶をして、お前達の所に顔を出す。それまでゆっくりしてるがいい。俺もいろいろと情報を仕入れてくるからな、楽しみにしておけ」
フィリウスがオーバースに頭を下げて言う。
「今回の取り回しとお手配を頂きありがとうございます」
「大したことじゃない。それよりも上手くいくと良いなあ」
「はい」
そうしてオーバースとフィリウスは行った。するとそこに風来燕の四人がやって来てボルトが言う。
「いやー、凄いな王都は。俺達みたいな田舎の冒険者には眩しすぎる」
フィラミウスが言う。
「とかなんとか言っちゃって、夜の蝶にでも会いに行くつもりでしょう?」
するとボルトが、なぜかヴェルティカを見つめて慌てる。
「いっ! いきませんよ俺は! まがりなりにもパルダーシュの客人としてきているんだ。お嬢様の顔に泥を塗るような真似はしません」
「ふふっ。全てのたくらみが終わったら、ご自由にどうぞ」
「いきませんって」
皆が笑っている。そして俺達は馬車から荷物を下ろし、王室が用意してくれた宿泊施設へと荷物を運びこんでいく。これらは大切な荷物なので、見張りを立てて厳重に管理する事となる。
メルナの背中からマージの声がする。
「いよいよだねえ。鎧が盗まれないように気を付けるんだよ」
「「「「はい」」」」
全てヴェルティカの部屋に運び込んで、常に鍵をかけておくことになった。辺境伯令嬢のヴェルティカの部屋であれば、間違っても誰も侵入しないだろうから。またオーバースがつけてくれた護衛が、部屋の前に立つことになっている。
だがアランが言う。
「この宿は、辺境伯様が泊まるにしてはランクが落ちますね」
それを聞いてヴェルティカが言う。
「アランそれはいいのよ。そもそもお父様がいない以上、辺境伯は不在なのよ。フィリウスお兄様が正式に継承した訳でもないの、このくらいの宿はむしろ気を使った方だわ」
「わかりました」
「おかげで、あなた達も一緒に泊まれるじゃない。風来燕も一緒なんて素敵だわ」
「まあ…そうですね。すみません良い方向に考えるようにいたします」
「そうしてね」
荷物を置いたヴェルティカの部屋には、アランが見張りにつく事になった。オーバースを信頼していない訳じゃないが、何かあった時の対応は身内が都合がいい。
するとビルスタークが言う。
「なんだ? 外が騒がしいな」
何かを感じているらしい。なので俺が言う。
「ちょっと見て来る」
「頼む」
俺が階下に降りて、玄関の方に歩いて行くと確かに外に人だかりがあった。何故か若い女が多いような気がするが、何をするわけでもなくホテルの中を見ている。
なんだ? 辺境伯の子供が珍しいのか?
《わかりません》
アイドナでもわからんのか?
《情報がない為、予測が出来ません》
なるほど。
不思議な若い女の集団が、身体強化鎧を知っているわけがないし、このような女達が興味のある物でもないと思う。すると突然それは起きた。
「「「「キャー!」」」」
女達が変な叫び声をあげる。その視線は、俺の後ろに向かっているようだ。俺は咄嗟にその場所から避けて、後方を警戒するのだった。