表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/284

第八話 柔らかなベッドで一夜を

 辺境伯の娘ヴェルティカに買われた俺とメルナは、王都の滞在場所のホテルで、ヴェルティカと同じ部屋に宿泊する事になった。俺が兄妹だと言ったので、同じ部屋にされた事は仕方ないが、俺はメルナに申し訳なく思い聞いてみる。


「男と同じ部屋で悪かった。本来なら別々が良かっただろ?」


 メルナがフルフルと頭を振る。


「奴隷だから、指示に従わなければならないが、メルナは自分を奴隷だと認めてないだろ?」


「そしたら、コハクも」


 突然普通の返答が返ってきて驚く。奴隷の檻の中ではほとんど会話も無かったし、最初の頃とは少し違う雰囲気になったように感じる。体を洗ってもらい小奇麗にしたから、心に余裕が出来たのかもしれない。


《対象者はリラックスしているようです。体温心拍数共に牢に居る時とは違うようです》


 そうか。彼女を連れて逃げれるかな?


《廊下の警備を倒し、宿泊施設の外で待つ警備を相手せねばなりません》


 なるほどね。あいにくこの部屋には窓がないようだし、出るとすれば廊下かヴェルティカの居る部屋を通らねばならない。


《身体の危険を顧みず行動するのであれば、確率は上がります。ですがあなた単独でという条件で五十パーセント、彼女を連れてはゼロです》


「メルナ」


「うん?」


「ここから逃げたいとは思うか?」


 するとじっと固まって考え込んでいる。逃げると即答すると思っていたがそうではないようだ。


「コハクはどうするの?」


「一人なら辛うじて脱出できるかもしれないが、メルナが一緒に行きたいと言うならやめておこう。確率がゼロになるからな、どうする?」


「逃げても行く場所がない、コハクについて行く」


「分かった。ならばここで様子をみよう」


 俺達は脱出するタイミングを見計らう事にした。するとアイドナが言う。


《決定したのであれば、筋力トレーニングを再開させてください》


 わかった。


 メルナが見ているそばで、俺は腕立て伏せを開始した。もちろんアイドナの自動サポートがあるので、脳は休めながらやる事が出来る。だがメルナが突然聞いて来た。


「それなに?」


「筋トレだ」


「きんとれ?」


「体を鍛える事によって、有事に備えている」


「わたしもやる」


 そしてメルナが腕立てを見よう見まねで始めた。だが体の芯が整っておらず、非効率なやり方をしている。俺は自分の筋トレを止めて、メルナに向き合った。


「もっと脇を締めて手は肩幅より少し広めに、体は真っすぐ。あげる時も降ろす時も、もう少しゆっくり。床ギリギリまで体を落として」


 メルナが俺に言われたとおりにする。


「鼻から息を吸って、口から吐き出す。それを一定にリズミカルに、とにかく酸素を取り込む事が一番大切だ」


「すーはー、すーはー」


 メルナは腕立てを十回もやると、ドサリと床に倒れ込んでしまった。


「初めてかい?」


「うん」


「上出来だ。荷物を運んだりするのか?」


「そう。薪とか藁とか、水なんかも運んだ」


「ならばきっと基礎的な筋肉はあるんだ。慣れればもっと回数をこなせる」


「わかった」


 俺が再び筋トレを始めると、メルナも休み休み続けた。しかしメルナは途中でギブアップし、座って俺のトレーニングを見ている。


「見ているならば、手伝ってくれるか?」


「どうすればいいの?」


「背中に乗ってくれ」


 俺が言うとメルナが俺の背中に座り、そのまま腕立て伏せを始める。じきにぽたりぽたりと汗が落ちて来るが、拭う事もせずにトレーニングを続けた。それからしばらく続け、今度は腹筋の強化に入ろうと思いメルナに言う。


「降りてくれ」


 だがメルナは降りなかった。そっと体を横にずらして転がすと、どうやら俺の背中で寝ていたようだ。


《彼女は良いウエイトになります》


 ならスクワットに変える。


 メルナを両手に抱きかかえ、俺はゆっくりと膝の屈伸を繰り返した。メルナが居る事で、その後の筋トレも程よく負荷をかけてすることが出来た。ぐっすり眠っているようなので、彼女をベッドに寝かせて体の柔軟を行う。


《そろそろ休息に入りましょう》


 ああ。


 そして俺はもう一つのベッドにもぐりこみ、すぐに深い寝息を立てて眠りにつくのだった。


《そろそろ起きた方が良いでしょう》


 アイドナに言われ体を起こす。


 朝か?


《そろそろ日が昇る時刻です》


 よし。


 そして俺は再び筋トレを始めた。するとその音に気が付いたメルナがあくびをしながら起きる。


「起きたか?」


「うん」


 返事をすると、すぐにメルナが俺の隣りに来て筋トレを真似し始める。小さい体で、なかなか根性があるようだ。しばらく筋トレを続けていると、アイドナが言う。


《外部で足音。おそらく鉄の甲冑がすれる音がしますので、騎士が来るようです》


 了解だ。


 俺は小部屋の扉を開けて、デラックススイートの入り口を見る。


 コンコン! とノックされたので俺がドアを開けた。


「おお! コハクか! いきなり開いたからびっくりしたぞ」


 そこにいたのは、騎士のビルスタークだった。後ろの扉が開いてボルトンがやって来る。


「おや。コハク、もう起きていたのか」


「ああ」


 そしてボルトンがビルスタークに言った。


「これからお嬢様は朝食となり、それが済み次第すぐに出発するそうです」


「わかりました」


 そしてビルスタークが出て行った。ボルトンが俺に言う。


「コハクとメルナには、お嬢様の身の回りのお世話を教える。こっちに来なさい」


「わかった」

「……」


 俺とメルナはボルトンの後ろをついて部屋に入る。するとヴェルティカは既にドレスを着ており、身支度を終わらせていた。少し待つと朝食が運ばれてきて、俺とメルナはボルトンに言われるままに支度をする。するとヴェルティカが微笑みながら言った。


「ボルトン。彼らは私と同じ食卓で食事をします」


「は? しかし…」


「かまいません」


「かしこまりました」


 俺達は言われるままに、ヴェルティカと同じテーブルに着く。


「眠れましたか?」


「はい」

「……」


「メルナもそんなに怖がらないで、とって食べたりしないから」


「…うん」


 俺は疑問に思った事をヴェルティカに聞いてみる。


「なぜ奴隷にこんな待遇を?」


「奴隷? 奴隷だとは思っていないわよ」


「でも奴隷商で買われた」


「ああ。それはいいのよ。私があなた達を買うのは宿命だったのだから」


 意味が分からなかった。


 どういうことだ?


《わかりません。情報を得てください》


「宿命とは?」


「そうね…。それは家に帰った時に分かるわ」


《情報が不足しております》


 んなこた、わかってる。


 それ以上尋ねる事も無くなり、俺がスプーンを取ってスープを飲む。するとメルナが俺の真似をして、スプーンを手に取りスープを飲み始めるのだった。


「やはり兄妹ね。仲がいいわ」


 本当は違う。俺はメルナがどう思っているのか気になり、表情を窺うと何故かニッコリ笑っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ