第八十四話 交渉術を試してみる
オークも素材になるというので持っていく事になった。狩ったオークの死骸に縄をくくりつけると、ベントゥラが言う。
「さてと、獲物を引っ張るのはガロロの役割なんだがな」
するとボルトが答えた。
「んじゃ、俺が一匹、コハクが一匹、フィラミウスとベントゥラが二人で一匹運ぼう」
それを聞き、アイドナが俺に指示をしてきた。
《吸収効率は99%非常に良いです。次は増幅装置の試験となりますが、適度に負荷をかけてください》
了解。
俺はボルトに言った。
「いやボルト。このオークは三体とも俺が運ぶ」
「おいおい、三体で三百キロ以上あるぜ」
「この鎧の性能試験を兼ねているんだ。できればさせて欲しいという話だ」
「そうなのか? まあ、それも賢者様の指示なら、やってみてくれ」
既にオークの魔力は吸収している。しかも吸収率がかなり良いようで、いつもの魔力より純度が高いような気がした。そして今度は、この鎧の魔力増幅装置を試す必要がある。するとアイドナが告げた。
《ただ引くだけでは負荷試験になりません》
そうか。
「ボルト。下まで走ってもいいか?」
「「「は? 走る?」」」
「これを引きずって、全速力で走ってもいいか?」
「何言ってんだ? ガロロでもそんな事しないぞ」
「コハク…その黒い鎧だって重いでしょうに、そんなことできるのかしら?」
「そうだぜ! いくらなんでも」
三人がそろって無理だと言ってくる。
「恐らく問題ない」
俺はオークを括り付けてある縄三本を肩に背負い、しっかりと縄の先を握りしめる。
さてと、増幅装置は働くかな?
《正常に稼働中です》
よし
「じゃあお先に」
ビュン!
一気に来た道を駆け降り始めた。
軽い。
《魔力増幅システムが完全に稼働しております。オークの魔力を消費してはいますが、坂道ですので消費量は半分以下で済みそうです》
重力のおかげか。
《もちろん自動身体強化の恩恵が一番大きいですが、重力も効果的に使えています》
あっという間に荷馬車が見えて来て、慌てたようにガロロが斧を構えている。だが俺の鎧を見かけて、その斧を引っ込めた。
「こ、コハクか! 魔獣かと思ったわい!」
「すまん。試験の為にこれを引っ張って来た」
俺の後ろにはオーク三体が転がっている。
「オーク三体を、引いて…走って来たのか?」
「そうだ。もしかしたら素材が痛んだかもしれん」
「いや…草が生えているからそれほどでもないじゃろ」
そこにようやく、ベントゥラが追い付き、遅れてボルトたちがやって来た。
「はあはあはあ」
「はあはあはあ」
ボルトとフィラミウスが息を切らしている。ベントゥラは斥候なので、これくらいでは息を切らさないらしい。だがベントゥラは目を丸くして驚いていた。
「おいおい。俺が追い付かなかったぞ」
「鎧の機能が正常に稼働した結果だ。この鎧にはそう言う力がある」
「う、嘘だろ…」
ボルトが唖然としている。そこで俺が言う。
「これは絶対に秘密なんだが、この鎧には仕掛けがある。お前達は身体強化を使えるのか?」
「多少はな…」
「わしもじゃ」
ボルトとガロロが答える。そして俺は説明を続けた。
「これは体に流れる魔力を使って、身体強化の力を出す鎧なんだ。パルダーシュ家の門外不出な宝物ではあるが、お前達にならヴェルティカも許可を出すかもしれん。興味はあるか?」
「なんだって?」
「だから、もし使えるのなら使ってみたいか? ということだ」
「ああ!」
「もちろんじゃ」
「ならば、この魔獣狩り試験が終わったら、俺がヴェルティカに売ってもらえるように口利きしてやろうか?」
ボルト、ガロロの声がそろう。
「「いいのか?」」
「そんなに安くないかもしれんが、お前達なら原価で売ってもらえるようにお願いしてやる」
「頼む! 出来れば分割払いで!」
「じゃな。間違いなく国宝級なのじゃろうがの」
冒険者達が顔を合わせる。そしてフィラミウスが言った。
「ボルトとガロロが強化されれば、パーティーランクももっと上がるんじゃない?」
「かもしれんのじゃ」
そこで俺は釘を刺す。
「ただし、いくつか約束ごとがある」
ボルトが慌てて聞いて来た。
「なんだ?」
「この事は絶対に秘密にすること、出来れば墓場まで持って行け」
「わかった」
「あと、この鎧は絶対に風来燕でだけ使う事、この能力の事は誰にも口外してはならない」
「もちろんだ。こんなすごい情報を誰にも言うもんか」
「また、安く譲ってやる代わりに、時おり辺境伯様に使用感と改善案を報告する事。その時はあんたらの体に合わせて調整してやる。体になじむまではな」
「お安い御用だ。調整は…」
「タダだ」
「すげえ」
「そして最後に、持ち主が死んでしまったら鎧は処分すること。絶対に売ったりするなよ。これが条件だ」
「分った」
「それを破れば、パルダーシュ家に大きな迷惑が掛かる。ヴェルティカが泣く事になるだろう」
「お嬢様を泣かせるわけにはいかない。絶対に約束する! みんなもだ! なあ!」
「もちろんよ」
「むろんじゃ」
「約束する!」
「よし。それじゃあ引き続き試験に付き合ってくれ」
「「「おう」」」
風来燕はがぜんやる気になってくれた。
だが…俺はこの事で、内心マージとヴェルティカに対して驚いている。こう言う条件を提案すれば、風来燕のやる気が何倍にもなるからと言っていたが、本当にそういうふうになったからだ。しかもモニターとして情報の提供をしてくれる約束もしてくれた。自分達は得したと思っているらしいが、こっちがかなりありがたい。
面白い。
《マージとヴェルティカの知恵が生きましたね。ノントリートメントの心をつかむのは、やはりノントリートメントが知っているようです》
だな。
ノントリートメントの世界で生き抜く術を、俺とアイドナはこう言う所でも学んでいく。前世のAIの世界では人々に共有がかかっているため、駆け引きなど無意味だった。誰の考えも全てが共有され、画一化された世界だからだ。だがこの世界では、すべて本当の事がまかり通るわけではない。
なんか…面白いな。
《興味を持ちましたか》
これが、感情と言うものなんだろう。一つ勉強になった。
《交渉の一つという事です》
そして俺達は、更なる魔獣を求めて峠を登っていく。森がより一層鬱蒼としてきており、風来燕たちの警戒も強まっていくのだった。