第八十三話 本職の冒険者に学ぶ魔獣狩り
専用の黒い鎧を着こんだ俺は、冒険者パーティー風来燕と一緒に狩りに向かっていた。目指すは南に向かった先にある山脈の森。パルダーシュの近場は、各地から噂を聞きつけて来た冒険者で狩り尽されており、より強い魔獣を狩るとなれば足を延ばす必要があるというのだ。
そこで俺達が以前、王都から戻る時にトロールに会った話をすると、そちらに何かあるかもしれないと言う事になった。しかも辺境伯邸から冒険の資金が出され、馬と荷馬車が貸与された。
ボルトが上機嫌で言う。
「こんな至れり尽くせりの魔獣狩りなんざあ、初めてだぜ」
「俺が現地に早くついて、早く魔獣と戦う必要があるんだ。まあこちらの事情だけどな」
「賢者様の考える事はよくわからねえけど、荷馬車まであると素材が運びやすい。これもコハクのおかげだな」
「いや。助けてもらったお礼も兼ねているらしい。ヴェルティカもそう言っていた」
「お嬢様にも本当に感謝だ」
俺は数日の時間をもらっていた。フィリウスもヴェルティカも納得している。また、王都の兵士達が都市にいる間なら、自由が効くだろうという事で送り出されたのだ。馬がいるため、峠道を登るのも楽だと風来燕たちは喜んでいた。
「普通なら、商人の護衛とかじゃないと荷馬車には乗らないのよ。魔獣を狩りに行くのに、馬車をあらかじめ用意するなんて冒険者はいないわ。必要に応じてお願いしたりするけど、通常は自分達で運ぶのが大前提だから」
フィラミウスは、出発してからずっと俺の隣りにいる。まるで俺の隣りが自分の席のように常に一緒に居た。そしてガロロが言う。
「力仕事はわしの仕事じゃからな。こんな贅沢は初めてじゃわい」
しばらく峠道を登っていくと、ベントゥラが俺達に言った。
「ここを見ろ」
馬を停めて森を見る。するとそこには、草が薄っすらとしか生えてない場所があった。
「けもの道だな」
「だな。ちょっとまっていろ」
「わかった」
ベントゥラが馬車を降りて、森に入って行った。しばらく待っていると戻ってきて言う。
「フンもあるし、木に爪傷がある。この先に大型の何かがいるのは間違いねえぞ」
ボルトとフィラミウスとガロロが顔を合わせた。
「んじゃ、行ってみるか。話し合った通り、ガロロはここで馬車を見張れ。コハクがガロロの代わりとしてパーティーに加わってもらう」
「ふむ」
「わかった」
「俺達に何かあった時は笛でガロロに合図をする。一回は救援を求むだ。二回なら山を下りて麓の村で救援を要請してくれ」
「わかったのじゃ」
「よし! それじゃ行くぞ!」
「いきましょう」
「よっしゃ」
そして俺も二本の片手剣を腰にさし、兜をかぶって馬車を降りた。するとボルトが言う。
「本当にそれで行くんだな? 重くて視界も悪いし音もでるから、魔獣に位置を知らせるようになるかもしれんぞ」
「好都合だ。魔獣から寄って来てもらえるなら、こちらの手間が省ける。とにかく魔獣との効率の良い戦い方を教えて欲しい」
「んじゃ、俺が先行して様子を見ながら進む。ボルトが殿、フィラミウスは中堅でコハクがフィラミウスを守ってくれ」
「おう!」
「了解だ」
そして俺達は踏みならされた草の道を登っていく。二十メートルから三十メートル先を、ベントゥラが進み魔獣の様子を伺いながら俺達に伝えて来る。しばらく山を進んでいくと、ベントゥラが戻って来て言った。
「居た。オークが三体」
それに対し俺が聞いた。もちろんオークならば力任せにやる事は出来るが、ここは学びの場だ。
「そう言う場合はどうする?」
「あいつらは力だけが取り柄の馬鹿だ。静かに近寄って、フィラミウスがダークをかける。視界が悪くなったところで、俺とガロロがとどめを刺す。今回はコハクと俺だ」
「まずは見させてもらっていいか? 戦い方を見たい」
「了解だ」
俺達が山道を進むと、豚のような顔をした大男が三匹居た。そいつらはあたりを伺い獲物を探しているようだった。
「こい」
ボルトの後ろを、フィラミウスと俺がついて行く。オークは鈍いらしく、俺の鎧の音も気が付いていないようだ。
するとボルトが音を出す。
「チッチッチッチッ!」
その音に反応したオークたちが、こちらに歩いて来た。どうやらボルトは、なんかの動物の真似をしたらしい。
今の声を。
《インプットしました》
魔獣を呼び寄せるには、餌になる魔獣の鳴きまねをするんだな。
《そのようです。既に今まで遭遇した魔獣はインプットしてあります。応用は効きます》
わかった。
フィラミウスがブツブツと何かを唱え、オークが現れたところで杖を突きだした。
「ダーク」
すると突然オークたちが足を止める。周りを見渡すような素振りをした後、手で頭を振り払うような動作をした。そこでボルトが言う。
「目が見えなくなってるんだよ。自分達に何が起きたのか分からんでいる」
「凄いな」
「行くぞ!」
「ああ」
俺がボルトに続いて行くと、ボルトは剣を抜いてオークに走り寄り、首の後ろに剣をさし込んだ。
《脊髄を狙ったようです》
するとオークは糸が切れた人形のように崩れ落ちた。少ない力で一気に無力化するには有効な一撃だ。するとアイドナが、ガイドマーカーで同じようなラインを引く。
ドス!
角度良し。脊髄が切れたオークはその場に倒れる。その事でオークの魔力が俺に入って来た。その時ボルトがもう一匹にとどめを刺す。三体のオークはすぐに沈黙し、その場に倒れ伏した。そこにベントゥラとフィラミウスがやって来る。
「上手くいったな」
「ああ。しかしコハクは本当に上手い」
「ボルトを真似ただけだ」
するとベントゥラが呆れたように言う。
「いきなり真似られるほど簡単じゃねえんだけどな」
「お手本が良い」
するとボルトが笑う。
「魔獣を狩って褒められたのは初めてかもしれん」
「本当に為になった。魔獣の知能に合わせて狩り方があると言う事だな」
「そういうこった」
俺の魔獣狩りの勉強が始まったのだった。