第八十一話 将軍への依頼
王都の兵がパルダーシュにいる間にとビルスタークに言われ、俺とマージはせっせと身体強化フルプレートメールを量産していた。大小さまざまな人の体に合うように、それぞれにサイズをそろえていく。その開発にはアランも参加してもらっていた。アランの義手と義足も何個も作って、その使用感や改良点を指摘してもらっているのだ。
ビュン! ビュン! アランが剣を振る。手と足が無いなどと信じがたいほどの動きをしている。
「いいな。ここまでで一番いい」
「違和感は?」
「無い。まるで手足が生えたようだ。見てくれ」
そう言ってアランは、義手で地面に落ちている小さな石ころをつまんだ。それを指先で粉砕してみせる。
「どうだ?」
「アランが、石を掴める細かい動きが出来るようにと言っていたからな。注文通りに作った」
「ああ。そっと拾い上げる事も、今のように砕く事も自在だ」
「コツはあるのか?」
「身体強化の強弱が出来ればいい。ヴェルティカ様専用のように、常時一定に魔力が消費してしまうと、いつか枯渇してしまう。あれはヴェルティカ様の仕様だが、俺達のように身体能力が高ければ、魔力を使用しなくても問題なく鎧は装着できるからな。身体強化が出来る人間と、そうでない人間と、身体能力が高い人間の為の、三通りがあっていいだろう」
「わかった」
アランがいてもらって良かった。元々は五体満足の人の為に作っていたのだが、さらに改良を加えて簡単な動きが出来るようにした。そのおかげで、いろんな事が見えバリエーションが増えてきている。アランの協力のおかげで、身体強化メイルの性能が段違いに上がったのだ。
そしてアランが言った。
「これを団長が着たらと思うと、ぞくっとして来る」
「もちろんビルスターク用の鎧も仕上げに入っている」
「楽しみだな」
「ああ」
そしてアランが壁の奥にかかっているフルプレートメイルを見て言う。
「あれがコハク用のなんだよな」
「そうだ」
「なんで黒いんだ?」
「俺の魔力は特殊らしくて、マージが試行錯誤の末ああなったんだ。表面に特殊な素材が塗られている」
「なるほどな。つくづくコハクは変わってるって言う事だ?」
「まあ…そうらしい」
そう。マージは俺の正体を知っている。俺がマージに魔力吸収の力を打ち明けたところ、鎧自体に魔力吸収の機能をつけたのだ。ブラッディガイアウッドの粉末と鉄を練り合わせたものを塗ってある。そのおかげで、騎士達に作った鎧の二倍の重さがあった。
もう数体が並んでおり、パルダーシュ領の騎士全員分と、ヴェルティカ専用、ビルスターク専用の鎧が出来ていた。そして予備も含めると十体以上の鎧が並んでいる。それらにもプロトタイプとは違う補助魔法陣が組み込まれていて、微弱な魔量を増幅して稼働するように設計をした。これはヴェルティカにプロトタイプを着せた結果、魔力の消費が多かったためで、増幅設計によりヴェルティカも長時間着れるようになった。
アランが笑いながら指を指して言う。
「その小さいのがメルナ用なんだってな」
「そうだ」
「彼女でも、そこそこの力が発揮できるのか?」
「そこそこじゃない。魔力が多い分、力も大きい」
「将来楽しみだな」
「ああ」
しかもメルナ専用フルプレートメイルは更に凄い機能があった。なんとマージ魔導書を格納して魔力を流し込む回路を作ったのだ。そのおかげでメルナがその鎧を着れば、俺のアイドナのようにマージが機能してメルナに指示を出す。開発は順調で、騎士志望の奴がいればそいつらのも作る予定でいる。
コンコン!
「はい」
するとそこにビルスタークが入って来た。
「コハク。状況は?」
「十体以上はそろっている」
「上出来だ。お披露目の日を決めなきゃな」
「いつでもいけるぞ」
「わかった。ならさっそくコハクは俺と来い」
「ああ」
マージが言う。
「いよいよ話をするのかい?」
「はい賢者様。オーバース将軍に話を繋げます。根回しはしてきました」
「よろしくやっておくれよ」
「は!」
俺はマージを持って秘密の屋敷を出る。屋敷の庭で草取りをしていたメルナが駆け寄って来た。
「どこいくの?」
「大事な話がある。メルナはマージを持って屋敷に戻ってくれ」
「わかった」
ビルスタークは俺達を連れて、門の方に歩いて行く。実は不穏な輩が入り込まないように、オーバース将軍が門番をかって出てくれたのだ。ビルスタークは将軍に門番などやらせるわけにはいかないと言ったのだが、兵士達が忙しいから俺がやると言って聞かなかったのだ。
門番の詰め所に行くと、オーバース将軍がはつらつと出入りする人らに声をかけている。そこに俺達が行くと、将軍から声をかけて来た。
「おう! ビルスターク! どうした?」
「将軍。すみません。門番などをお願いしてしまって」
「お前は目が見えんだろう? なら俺がやるしかない。がははははは」
豪快な男だった。ビルスタークとアランはオーバースが好きらしく、二人は楽しそうに話をしている。
「すみません。実はこの都市の復興について重大な話がありまして」
「重大な話? そうか…。おい! スマンが代わってくれ!」
騎士がやってきてオーバース将軍と代わる。そのまま門番の詰め所に一緒に入った。
「で、話とは?」
「見てもらった方が早いでしょう。アラン」
「は!」
ビルスタークに言われたアランが、義手を外して見せた。それを見てオーバースがハッとする。
「そうだった…アランは手がダメだったんだな…」
「そうです。でも見てください」
アランがそのまま義手をはめ戻した。俺がテーブルに鳥の卵を置くと、アランはその義手で卵をそっとつまんで持ち上げる。
「おお! 手がないのに繊細な動きが出来るのか!」
そしてビルスタークが言った。
「そうです。普段はずっとつけっぱなしなので、お気づきにならなかったかもしれませんが、これは魔力で操作して動く義手と言うものです。これを作れる技師がパルダーシュに、たった一人だけおりまして、これを宮廷にお売りしたいと話しております」
「なるほど…。それがパルダーシュの切り札と言う訳か」
「はい。本来は王都の将軍に言うべき話では無いのですが」
「かまわん。だが俺とて一介の将軍にすぎん。王に謁見できる時など年に数回も無い。だがこれは陛下直々に見てもらった方が良いものだ。一介の商人や貴族に見せると、利権争いが起きてパルダーシュの利益が大きく損なわれる」
「そこまで考えていただけますか…」
「そりゃそうだ。辺境伯候補のフィリウスは俺が直々に剣を教えた愛弟子だ。そいつの領の一大事なら、何でもやってやりたいというのが師匠ってもんだろ」
「はっ。実はそう言っていただけると思ってました!」
「くっくっくっ! 相変わらずビルは食えない男だ」
「ありがたき誉め言葉」
「わかった! 俺が方策を考えるから少し待ってくれ!」
「何卒よろしくおねがいします!」
そうして俺達の鎧を、王に直接見せる為の方策を考えてもらう事になった。その時までに、俺はせっせと身体強化メイルを作り続けるとしよう。オーバースに話をつけたビルスタークは、その足でヴェルティカの兄フィリウスに報告に向かうのだった。