第八十話 未来を変える一手
俺達はそのまま辺境伯邸には戻らず、都市を見回っているビルスタークたちの所に行くことにした。この情報を王兵のいない所で伝えて、特製フルプレートメイルをどうするかの判断をもらう為だ。俺とメルナは顔を知られているのだが、フルプレートメイルを着たヴェルティカには誰も気が付いていない。ガシャガシャと歩く鎧を見れば、この中にか弱い女の人がいるとは思えない。
町はだいぶ活気づいているが、あちこち壊れていてまだまだ復旧には程遠い。王兵も巡回はしているようだが、ほとんどが力仕事に周っており、市民達が必死に建物などを直しているところだった。
俺達が歩いていると、なにかの人だかりができているようだ。
「なにかしら?」
「ビルスタークの所に急ごう」
「いいえ、あれを放っておけないわ」
ヴェルティカに言われ、俺達がその人だかりに行くと、男らが喧嘩をしているようだった。
《入り口を壊して飛び出て来たのでしょう》
アイドナが予測する。
バン! と蹴られた男が吹き飛び、見ている市民達の列に飛び込んだ。ヴェルティカが言う。
「市民が怪我をする前にとめなきゃ」
「わかった」
だがヴェルティカが言う。
「私にやらせてみて」
「しかし」
「この鎧を試す時でしょ」
確かにヴェルティカの言う通りかもしれないが、まだ試運転中である。きちんと動くかどうかは試験をしなければならない。しかし俺を押さえてヴェルティカが前に出た。
「あなた達! 人の往来のある所で何をしているの?」
フルプレートメイルだが、完全に若い女の声だったため、興奮している冒険者が言う。
「女が出る幕じゃねえ!」
「あら? それはどう言う事?」
「怪我したくなきゃ引っ込んでろ!」
すると人の列に飛び込んだ冒険者も起き上がって来て言う。
「女はどいてろ! 俺がコイツを潰せばそれで終わりだ」
「なんだと!」
「だから! やめて! 今この町は復興の為に必死なの!」
だが男らはヴェルティカの言葉に耳を貸さなかった。お互いが走り寄って、また取っ組み合いを始めそうになっている。
シュッ! ズン! ズン!
「うっ!」
「ぐう!」
フルプレートヴェルティカの拳が二人の腹にめり込んでいる。
ドサドサ!
倒れた二人の冒険者を見て、周りにいる市民達があっけにとられる。
「「「「「「「へっ?」」」」」」」」
「言う事を聞いていれば、痛い目を見なくてもよかったのに」
そう言ってヴェルティカが、兜を脱ぐ。
「「「「「「「お嬢様あ!」」」」」」」」
正体がヴェルティカだと気づいて市民が目をひん剥いていた。
「みんな。大丈夫? 怪我はない?」
「は、はい!」
「まったく。助けてもらえるのは嬉しいけど、市民に迷惑をかけるなら私が許さないわ」
市民はあっけに取られていた。そしてヴェルティカが市民に言う。
「悪いんだけど、ギルドに伝えて。二人の頭を冷やさせるようにって」
「はい」
そう言ってヴェルティカは、俺達を連れてその場を離れる。するとメルナが言った。
「凄いね! お姉ちゃん!」
「自分でもびっくりよ」
「だが実戦で使える事が分かったぞ」
「確かに…」
ヴェルティカはまた兜をかぶり、そのまま巡回でもするように街中を歩いた。しばらく歩いてようやくビルスタークとアラン達を見つける。向こうから気が付いて俺に声をかけて来た。
「コハク!」
「アラン。ここにいたのか」
「なんだ? どこに行くんだ?」
「ビルスタークたちを探してた」
すると目が見えないビルスタークが言う。
「俺か?」
「そうだ。王兵がいないところで話がしたい」
「なるほど…。なら何処か飯どころにでも行こうか」
「ああ」
ガシャンガシャン。後ろのフルプレートを見てアランが言った。
「そちらの御仁は? なぜフルプレートメイルを?」
するとヴェルティカが兜を脱いだ。それを見てアランが驚いている。
「えっ! お嬢様あ!」
「ええ、アラン。私よ」
「よくそんなものを着て動けてますね」
するとヴェルティカはぴょんぴょん跳ねたり、ブンブンと腕を振ったりしている。
「凄いでしょ?」
「重くないのですか?」
「ぜーんぜん!」
するとビルスタークがまゆ毛をピクリとさせる。
「なるほどお嬢様…話とは、それですか」
「そう言う事よ。まずはどこかの店に入りましょう」
「わかりました」
どうやらビルスタークは、俺達が話したい事を察しているようだ。ヴェルティカが再び兜をかぶり、近くの食事処に入るのだった。
いきなりフルプレートメイルを着た人が入ってきて、店の人らも驚いている。ヴェルティカはそっと椅子に座り、その隣に俺、正面にアランとビルスタークが座る。メルナが立っていると、店の人が椅子を持って来てくれた。
「で、お嬢様。いったい、どう言う事です?」
「このフルプレートメイルはね、マージとコハクが作った特製フルプレートメイルなのよ」
「ヴェルティカとメルナも手伝ってくれたじゃないか」
「私達は助力しただけ」
そのやり取りにビルスタークとアランがにやりと笑って言う。
「それはどういう物なのです?」
ヴェルティカが俺に言う。
「コハク。おねがい」
「ああ。これはアランの義手と義足からアイデアをもらって考えた、特別製の鎧なんだ。この鎧にはマージと俺が考え出した魔法陣が彫り込んである。その上から鉄を塗り込み、何も無いように見せているんだ」
「鎧に魔法陣だと?」
「そうだ」
「どんな効果がある?」
「俺がビルスタークに教えてもらった身体強化。あれが使えるようになる」
「…どう言う事だ?」
「そのままだ。だからヴェルティカはこれを簡単に動かせている」
「なん…だと…」
するとヴェルティカが言う。
「ただ、ずっと着ているとちょっと疲れてくるわ。常に魔力が微妙に使われているみたいで」
「魔力を…吸っている?」
「そうだ。ブラッディガイアウッドの性質を参考にしたんだ」
「…そんなものを?」
「これを、力を貸してくれた王室に売りつける。もしくはこれを利用して、この都市の負担を軽減したい」
ビルスタークとアランが口を閉じた。どうやらその事を噛みしめているようだ。
「なるほどな…。それをパルダーシュの為にか」
「そうだ。だめだろうか?」
「いや、面白い。確かに、それはオーバース将軍には聞かせられんな」
「そう言う事だ」
「量産は出来るのか?」
「作れるのは俺しかいない」
「ふふっ…いよいよコハクはヤバい奴だな」
「どうだろうか?」
「やるしかないだろう。お家存続の危機でもあるんだ。俺達もやれることは全部やるさ、なあアラン」
「もちろんですよ。お嬢様、お家復興の近道が見えてきましたね」
よかった。話を分かってくれたようだ。そしてビルスタークが言う。
「まずは…数が必要だ。揃えられるか?」
「少し時間はもらうが、鎧さえ用意してもらえれば」
「手分けして集めよう」
そして俺達はチームを組んで動き出すのだった。ヴェルティカの為に何とかしようと思っただけだったが、この事で俺達の未来が大きく動き出すのだった。