第七十九話 AI製の強化型オートフルプレートメイル
俺達はマージの勧めで、辺境伯邸の外にある秘密の作業所へ移動した。ヴェルティカとメルナと俺の三人が来たのは、古ぼけた屋敷の前。
メルナが言う。
「幽霊屋敷みたい」
するとマージが答えた。
「失礼だねえ。まあ…全く手入れしていなかったからね、そう見えるのも無理はないさね」
俺達が足を踏み入れると、その建物は蔦に覆われていた。草をかき分けて玄関に行くと、マージがメルナに言う。
「この魔導書をドアにかざして魔力をそそぎな」
「うん」
魔導書をドアにかざしメルナが魔力を入れる。するとカチリと音がした。
「開いたわ」
ヴェルティカがドアを開くと、中は比較的綺麗だった。埃をかぶっているところもあるが、何処かが壊れているような様子もない。あの魔物の襲撃でも、この建物は被害を被らなかったらしい。
「この地下さね」
俺達が中に入っていくと、地下に続く階段が見えて来る。
「メルナ。そのランプに魔力をそそぎな」
「うん」
メルナが言われたように壁に備え付けたランプに魔力を注ぐと、地下に続くランプが全て灯った。
「凄いな」
「魔導の館さ」
俺達が地下に降りると部屋があり、そこには様々な研究道具が置いてあった。そこは石造りの部屋の地下で、ランプのおかげで明るく照らされている。かつ天窓のあたりからも外の光が降り注いでおり、それほど地下という雰囲気では無かった。
「ここでやるのか?」
「そうだよ。さあみんな背負子を下ろしな」
俺とヴェルティカとメルナが、背負って来た背負子を下ろす。中にはいろんなものが詰め込んであった。その口のひもを緩めて出す準備をする。
「いいかい?」
マージが言って俺達が応える。
「「はい」」
「ああ」
「この事はくれぐれも外に漏らすんじゃないよ。ここだけの秘密にするんだ」
「「はい」」
「わかった」
そうして俺達は背負子から鎧やスクロールを取り出していく。それをマージが指示をするとおりに並べて行き、全て並び終えると部屋一面に広がった。
「さて始めようかねえ。ヴェルティカはコハクの補助を、メルナは必要な所で魔力を注ぐんだ」
「「はい」」
俺は彫金師が使うノミと金づちを持って、さっそく最初の籠手に向かって立つ。マージがパラパラとめくられ、鎧を動かす為の魔法陣を出した。そしてマージが言う。
「本当に下書きはいらないのかい?」
「いらん」
「本当かねえ」
「本当だ。じゃあ集中する」
「まあ…やってみな」
そして俺は表面上黙る。
《既に予測演算で想定される魔法陣の構築は終了しております。ガイドマーカーを出しますので、確認してください》
わかった。
俺の目に映る籠手の内側に、魔法陣が映し出された。マージが記した鎧を動かすものと身体強化を併せ持つ、アイドナオリジナルの合成魔法陣だった。
《力加減。及び正確性を維持する為に、体の制御をこちらにお渡しください》
やってくれ。
すると俺の手先が自動で動き出し、ノミと金づちでカンカンと魔法陣を彫る出した。正直なところ俺は何もしていない。それから一時間もしないうちに籠手の魔法陣を彫り終える。
「出来た」
「もうかい!」
「メルナが軽く魔力を注いでみてくれ」
「うん」
メルナが魔力を注ぐときっちりと輝いて、それが間違いなく稼働しているのがわかる。
「次は二の腕だ」
「本当に動くのかねえ…」
マージが怪しんでいるが、俺は構わずに次の鎧に掘り出す。
集中して掘り出す事三時間。手先から肩までの鎧に魔法陣を彫り終えた。
「右手は終わった」
「ほう。本当に動くのかねえ」
そして俺はヴェルティカに言う。
「ヴェルティカも魔力が巡っているんだよな?」
「メルルほどじゃないけどね。プチファイヤくらいなら出せるわよ」
「ならこれをはめてみよう」
そして右肩から手先までにかけての鎧をヴェルティカに装着した。
「重いわ」
「大丈夫なはずだ」
「わかった」
「じゃあ、意識をして鎧に魔力を注ぐような感じで」
「うん」
ヴェルティカが集中する。するとその表情がみるみる驚いた表情に変わった。ヴェルティカがスッと立ち上がって、鎧をはめた腕をシュッシュ! と動かした。
「着けてないみたい!」
「よし!」
それを聞いたマージが感心した。
「ほう! 凄い物だねえ」
そして俺は厚めの木の板を持って、ヴェルティカに差し出した。
「これを軽くたたいて見ろ」
「わかった」
ヴェルティカが俺に向かい、鎧をはめた腕をスッと突き出す。
パコん! と厚めの木の板が割れる。
「えっ!」
「よし!」
「凄い! 私簡単に突き出したのに!」
「とにかく全身をやろう」
「そうね!」
ヴェルティカがいったん鎧を脱ぎ、俺はフルプレートメイルの全ての内側に、同様の魔法陣を彫り進めた。全てを彫り終える頃には、夕日がさし込み始める。ヴェルティカがそのフルプレートメイルに身を包んでいた。
「じゃあ外に行ってみよう」
「そうね。軽いわあ」
ガシャガシャと音をたてながら、ヴェルティカが歩いて行きその建物の外に出た。そしてヴェルティカが剣を持って言う。
「これで…その木を?」
「そうだ」
敷地内に立っていた五十センチほどの直径の木を指して言う。
「わかった。少しは剣のたしなみもあるけど。こんな木が斬れるのかしら?」
「やってみてくれ」
フルプレートメイルを着たヴェルティカが、スッと剣を構えた。そして袈裟切りにその木に振り下ろす。
スカッ!
ん? 空振ったか? と俺も思った。
ヴェルティカも首を振っている。
「剣…通ったよね?」
と言った時だった。ズズズと木がずれ込み、ズズーンと倒れた。
「き、切れた!」
「よし!」
「すごい! おねえちゃん!」
なんと非力なヴェルティカが木を斬った。俺もその結果に驚いている。マージが俺達に聞いて来た。
「どうなった?」
「私、木を斬っちゃった」
「凄いものだねえ」
「ヴェルティカ。どうだった? 着心地は?」
「大きい以外は不都合はないわ」
「大きさを合わせればなお良いと言う事か」
「うん」
とりあえず調整をする必要はあるが、アイドナが算出した魔法陣は正確に働いた。そのころには薄暗くなってきて陽が沈みかけて来た。
「日が暮れて来たな」
「そろそろ戻らないと怪しまれるわ」
ヴェルティカにマージが言う。
「コハクとあたしをここに置いて行きな。二人は戻って、コハクは夜警をすると伝えるんだ」
「わかった」
「じゃあ、コハク。明日ね!」
「ああ」
二人はそのまま屋敷を出ていく。そしてマージが俺に言った。
「さてと。鉄を溶かして内側に塗らねばね、ここからがまた難しい作業になるよ」
「そうだな」
「出来るだけ薄く塗らないと重量が倍になるからね」
「わかった」
俺はマージに指示されるままに、炉に火を入れた。そしてそこにあった石に鉄の鉱石を乗せる。そのままその石を炉の中に押し込んだ。
「溶けるまで、しばらくかかるよ」
「そうか」
そして俺とマージは、鎧を仕上げるために夜通しその屋敷に籠るのだった。全てアイドナが作業をしていく為、俺はほとんど何もすることがない。次の日の朝までには、調整し終わった自動鎧が完成した。朝になって俺達が待っていると、そこにヴェルティカとメルナが来る。
「どうなった?」
「すべて完了した」
「じゃあ着てみる!」
そしてヴェルティカが、完成したフルプレートメイルを着るのだった。