第七十八話 続々来る王都からの使者たち
数日後、手配していた結界石と、王都からの魔導士そして文官たちがやって来た。破られた三カ所の結界石を修復して、魔物の出入りを防ぐためである。王兵達は数ヵ月はここに滞在する事になるらしく、結界石と一緒に次々と食料などの支援物資が届いていた。
またヴェルティカが、パルダーシュ家の資産を放出してギルドの支援をしていたが、ようやくギルド本部から職員たちが送られてきた。風来燕たちが周囲の状況を説明し、森林地帯や山脈の麓までを冒険者達が見回る事になる。
そのような中で風来燕がヴェルティカを訪ねて来ていた。
「お嬢様。ようやくギルドが回り始めましたよ」
「良かったです」
「俺達もしばらく、ここに腰を落ち着けて稼ごうという事になりました」
「そうなのですね! よかったです」
「この周辺の森などに、本来はいないような大型の魔物が住み着いているんですよ。本来は奥地へ行かねばならないところですが、浅い場所で大型魔物が狩れるのは冒険者にとってはおいしいんです。道中の、危険性が減りますからね」
「いいんだか、わるいんだか…」
「冒険者にとっては良い事です」
「わかりました。では引き続きお願いします」
「はい!」
すると魔法使いのフィラミウスが言う。
「まったく…わざわざ辺境伯様の所にお邪魔する事ないのに、申し訳ありませんね」
ヴェルティカが笑って言う。
「いえ。嬉しいんですよ。こちらが頼んでいるのですし、協力してくださる人が顔をだしてくれるというのは良い事です」
するとボルトが言う。
「ほらみろ! やっぱ安心させてやらないと!」
「とかなんとか言って…ただ会いに来ただけなくせに」
「ち、違うぞ! 俺はそんな!」
するとガロロが言う。
「ほれ! お嬢様が困ってなさる。我々はそろそろ仕事に行くとしよう」
話が終わって、風来燕たちが部屋を出て行った。ヴェルティカが俺に言う。
「ありがたい事だわ。皆さんが協力して下さるから復興も早いみたい。お兄様も戻って来たので、市民達も安心しているわ」
「よかった」
ヴェルティカの兄、フィリウスはオーバース将軍とビルスタークと共に、あちこちを飛び回って視察をしている。そこで来客対応はヴェルティカが行っているのだ。
コンコン!
「はい」
臨時で雇ったメイドがドアを開けた。
「次のお客様です」
「通して」
すると今度は、王都からやって来た文官が三人入って来た。
「失礼いたします」
「よくおいでくださいました。どうぞおかけください」
「はい」
三人の文官がソファに腰かけ、ヴェルティカが対面に座る。そして文官が、何通もの書簡を机に並べていく。
「陛下からのお手紙と、行政の通達です」
「ありがとうございます」
雇われメイドが慣れない動きで、ヴェルティカにレターナイフを渡した。するとヴェルティカが俺に声をかける。
「コハクも座ってください」
「はい」
俺はヴェルティカの隣に座り、ヴェルティカはペーパーナイフを使って書簡を開けた。まずは王様からの手紙らしい。ヴェルティカはそれをじっと見て目の前の文官達に言う。
「陛下へ詳細を報告せねばなりません。これは兄とオーバース将軍と話をする必要があります」
「わかりました」
そして次の書簡を開く。
「なるほど…当然ですね」
「私達は見られません」
「こちらで考えます」
「はい」
そしてもう一通の書簡を開く。
「なるほど。文官の皆さまはこちらにいて手伝ってくださるのですね?」
「そのように申し付かっております」
「わかりました。こちらはだいぶ酷い状況ですが、お力添えをお願いいたします」
「はい」
「ひとまずお話は以上のようですね」
「はい。では失礼いたします」
そして三人の文官が出て行った。ヴェルティカが深くため息をつく。
「ふぅー」
「どうした?」
「もちろんの事なんだけど、今回の援助物資や人員に関する請求の約束事よ。まあ無償ではないとは分かっているけど、先にこういうのが来るのはシビアね」
すると机の方から声がする。
「そんなもんさね。ヴェルが知らんだけさ」
魔導書のマージだった。ここで話される一部始終を、テーブルの上でちゃっかり聞いているのだ。そして、そのつどヴェルティカに指導を行っている。
「仕方ないわね」
「まあ、こちらでもきっちり手綱を握って、無駄な出費を抑えていく必要があるねえ」
「そうね」
「ただ問題は税収が無い事。蓄えはあるけど、それがきれたら大変さね」
すると俺の脳内でアイドナが言う。
《金策が必要なようです》
金か…。
《まあ、生存率に関して関係はありませんので、そこに関しては関係ないです》
確かにそれはそうだが、皆が一生懸命右往左往しているのに、そこに手を付けないのは違う気がした。なぜ自分がそう思うのかは分からないが、心の中からそう言う気持ちが出て来る。
深刻らしいぞ、何か打開策を。
《…では。大きな打開策となる一つを言います。それはモノづくりです》
モノづくり。
《はい。この世界の文明は遅れている。AIのデーターベースを用いて、この世界で使える物資の開発を推奨します》
例えば?
《アランに作った義手と義足です。あれはまだ改良の余地がありますが、この前のマージの魔法を見ましたか?》
鎧を動かしたやつの事か?
《そうです。あれはスクロールを貼り付けてやっていました》
もしかして…鎧に直接書く?
《はい》
でどうなる?
《それを着用している人間の力を倍増させられるかと》
そんな事が出来るのか?
《すでに回路は組み上がっています》
ヴェルティカとマージが話をしているところに、俺が割り込んで言う。
「ちょっといいか?」
「なに?」
「なんだい?」
「金儲けのいいアイデアがあるんだが、聞いてもらいたい」
「どう言う事かしら?」
ヴェルティカが言うが、マージが何かに気が付いたように言う。マージだけは、俺が違う世界から来た事を知っているからだ。
「ヴェルや、黙って聞こうじゃないか」
「この前マージは、スクロールで鎧を動かしたな」
「ああ。あれは風と地の魔法の融合だねえ」
「鎧に直接、魔法陣を掘り込むことで、人の力をさらに強くするものが作れる」
「なんだって!」
マージが驚いている。そして俺はアイドナが脳内で言う事を、そのままマージに伝えてみた。
「まずは俺は身体強化という魔法を知った。そしてあの鎧を動かす魔法を見た。その二つを融合させることで、鎧を着た人間の魔力を吸いつつ力を倍加する事が出来る。もちろんその魔法陣は緻密だが、書いた上にさらに鉄をかぶせて隠す。その事でその技術が漏れる事はない、いわば機密事項だ」
「「……」」
ヴェルティカもマージも沈黙する。
「ダメか?」
「ダメなんてもんじゃないよ。それはある意味、ビルやアランのように修練を積まなくても強くなれるって事かい?」
「ああ。微量な魔力さえあればそれを増幅できるはずだ」
……。
しばらく沈黙が続いて、マージが言った。
「それはとても微妙な話だねえ。確かにその魔道具はかなり有効さね、だけど量産すれば軍事力が何倍にも跳ね上がるって代物だね。それを売る事は、おそらく王宮から禁じられる」
「一般に売るんじゃない。王兵の装備として、王家に売りつけるのさ。帳消しにならんかな?」
「「……」」
少ししてマージが高笑いする。
「賭けだね。だけど面白いじゃないか! 王族を相手にどこまでできるかは分からないけどね」
「ばあや…」
「面白いじゃないかいヴェル。コハクの言っている事はそれほど見当はずれじゃないよ」
よかった。どうやらマージは理解してくれたようだ。
「ばあやが言うなら」
コンコン!
ドアがノックされてメイドが顔を出す。
「魔導士の方です」
「通して」
俺達は今話した内容を封印し、王都からの魔導士を呼び込むのだった。