第七十七話 見破られた嘘
王兵が周辺地域に御触れを出したことで、救援の人員や逃げていた市民たちが帰って来た。そのおかげで都市の中は、一気に復旧ムードが高まっていく。また周辺地域から食料や物資が運び込まれ始め、市民の暮らしも少しずつ回復しつつあった。
王都周辺の見張りも、王兵達がやってくれている為、風来燕のボルトがヴェルティカに聞いて来る。
「お嬢さん。王兵も到着した事だ。そろそろ俺たちはお役御免なんじゃないのか?」
「いえ、実は冒険者ギルドが空のままなのですよ。救援の為にあちこちから冒険者も来ているようですが、対応できる人がいなくて困っているのです」
「いやいや! ギルドなんて何もできませんよ」
「そんな事はありません。荒くれ者もいると聞きますし、そう言う人達をまとめる人が必要です。風来燕の皆さんはお力がありますし、事務作業は別途に依頼するつもりですから。復旧のめどがつくまでは居てくださいませんか? もちろんその分の報酬ははずみます」
風来燕の面々が話し合い、結論はギルドの仕事をするという事で決着がついた。何か問題が起きた時は力づくてそれを収めるのだ。アランから聞いたところによると、風来燕はそこそこの冒険者らしく、それぞれに二つ名がつくほどの奴ららしい。
俺達は辺境伯邸の修理と片付けに追われていて、騎士や王兵が大工仕事までやっている。そんななかで、ビルスターク一人がオーバースに呼ばれ、一室で話をしているらしい。人払いがなされて、何か重要な話し合いが行われているようだった。
するとビルスタークがドアを開けて顔を出し、大声で騎士に言った。
「メルナを呼んできてくれ!」
だがそれを俺の側で聞いていたメルナが、俺の後ろに隠れてヒシッとしがみつく。そこで俺がメルナに言った。
「ビルスタークの知り合いらしい。取って食われるわけじゃないからいってこい」
「怖くない?」
「ああ」
「わかった」
俺に諭されてメルナが、ビルスタークとオーバースがいる部屋へと入って行った。そのまましばらくでて来ず、俺は建物の復旧に追われた。
汗をかいてあちこちの修復作業をしていると、メルナが俺の所に戻って来た。
「どうだった?」
「マージの説明をビルスタークがおじさんにしてた」
「それで?」
「びっくりしてたけど納得してた」
「そうかそうか」
どうやらメルナが持つ魔導書の説明をしていたらしい。そこにマージの魂が宿った事で、心が生きている事を確認したのだとか。だがしばらくして、今度は俺がビルスタークに呼ばれてしまう。
「今度は俺か…」
「いってらっしゃい」
なんだろう?
《話し合いがなされているようですが》
直ぐにそこに行ってビルスタークに言う。
「なんだ?」
「入れ」
「わかった」
中に入ると、オーバースが俺をまじまじと見て来る。しばらく話さずに俺を見続けて、ビルスタークに言った。
「闘気などは感じないな。魔力があるのか?」
ビルスタークが答える。
「そうです。最初は明らかに魔力は無かったのですが、不思議な魔力が宿っています」
「ふむ」
俺が突っ立っていると、オーバースが俺に言った。
「まあ座れ。人払いはしてある。いまは俺とビルとお前だけだ」
「わかった」
俺が空いている椅子に座ると、オーバースが言った。
「この部屋で話された事は誰にも言わん。もちろん陛下にもだ。俺とビルの仲は古くてな、とにかく本当の事を聞きたくてお前を呼んだ」
本当の事? どうするか?
《情況に寄ります。話を聞きましょう》
するとオーバースの方から話を続けて来た。
「あのゴルドスの兵が陣取っている場所で見た死体だが…あれは処刑によるものなどではない。あの時は特別な事情があると思ってそう言う事にしたが、明らかにこちらが何かを仕掛けて敵は退散したのだ。皆の目をごまかせても、俺の目は誤魔化せない。そこでビルに聞いたのだが、何も答えずにお前を呼んだと言う訳だ」
ビルスタークが俺に言う
「俺は何も言っていない。だがこの人を相手にして隠し事は土台無理な話だった。ならばと、ここだけの話にしてもらうように頼んだんだ」
「ビルスターク。俺は何を話せばいい?」
「コハクがやったことを素直に話せ」
どうするか…。
《オーバースとビルスターク、どちらの心拍数も体温も一定で、攻撃的な事などもないようです。嘘をついている様子もなく、恐らくは本当に真実が聞きたいようです。そしてこの場合、話さないとどんなことが起きるかが分かりません。話してしまっても良いと思います》
わかった。
そして俺はオーバースを見て言った。
「あれは俺がやった」
「ふむ。そうか」
「とにかく敵を退けて守らねばならなかった」
「誰をだ?」
「ヴェルティカ、ビルスターク、アラン、メルナ、風来燕、騎士、市民をだ」
「それを一人で守ろうとしたと?」
「そうだ」
「見た所お前は騎士じゃないし、魔導士のようにも見えない。あれをどうやったか聞かせてくれ」
「まず、暗闇の中を風来燕の斥候に連れて行ってもらった。松明が灯されていたが、少し離れた場所は逆に真っ暗で敵には見つからなかった。風来燕の斥候が、右翼と左翼そして真ん中に魔導士の集団がいると教えてくれた。だからまずは左翼から忍び寄り、ビルスタークに教えてもらった身体強化で一気に突入した」
「身体強化をして単独で軍隊に突っ込んだと?」
「そうだ」
「途中で見つからなかったのか?」
「そうだ」
「縮地でも使ったのか? そんなスキルは無さそうだが」
「分からない。身体強化で脚力を強化した」
「それで近づいたとしても、力があるとは思えない。鍛えてはいるようだが、まるで重戦士がふるったような剣の威力だった」
「瞬間的に上半身を強化した。これもビルスタークが教えてくれた事だ」
オーバースがビルスタークを見て、また俺を見返している。
「こうみえて、ビルはかなりの修練を積んでいる。見た所お前は修練を積んでいるように見えない。それで突然そんな事が出来るようになったと?」
確かに鋭い。ビルスタークが言うように、この男を相手に嘘をつくのは難しそうだ。だから正直に言う。
「そうだ。突然できるようになった」
そう言うとオーバースはビルスタークをチラリと見て言った。
「…本物の天才かもしれんな」
「俺もそう思います」
しばらく、まじまじと俺を見てオーバースが言う。
「左翼をやってそのまま突っ切ったのか?」
「違う。一度闇に紛れ、最初の殺害が気づかれないうちに中央に走った。最初の場所で騒ぎが起きたのを利用し、同じように真ん中の魔法使いたちを殺した。そしてまた闇に紛れ、右の魔法使いたちを殺して離脱したんだ」
オーバースが沈黙し、ゆっくりと口を開いた。
「なるほどな。そいつはゴルドス軍も驚いた事だろう。いや、震えあがったかもしれんな。まるで神の力が働いたか天罰でも落ちたと思っただろう」
「それは狙っていた。そんな事が起きれば、一時撤退はするだろうと」
「計算してやった…というのか?」
「そうだ」
オーバースは顔に手を当てて、突然笑い出した。
「くっくっくっくっ! あーっはっはっはっ! たった一人に一万の軍隊が逃げ出したって訳だ。こりゃ傑作だ! お前を目の前にしてみると、全く信じる事は出来んがな。こんな気迫のかけらもない奴が、一万人の兵団を退けたって言うんだからな! これが笑わずにいられるか? しかもビルの証言と、今回起きた出来事を照合すれば嘘じゃないと分かる」
するとビルスタークが困ったような顔をする。それは内緒にしていたことがバレてしまったからだろうか?
それを察したのかオーバースが言う。
「確かに、陛下にバレたら要注意人物になりそうだ。だが安心しろ! 俺は国民を救ってくれたやつを売ったりはしない!」
そしてガタン! と椅子を立って俺に深々と頭を下げた。
「こいつらと、市民と、都市を守ってくれた事を感謝する! 我々の到着までお前のおかげですくわれた! それを自慢もせずに隠している奴がいて、どんな奴かと思えば、ただの小僧のようにも見える男だという。俺達が成しえない事をやった奴には敬意を表するのみだ!」
「いや。そんな大したことはしていない」
「何を言っている? ゴルドスの国内侵攻をたった一人で退けたんだぞ。それ以上の事が出来る奴がいたら見てみたいわ!」
ビルスタークが慌てて言う。
「コハクはどうなりますでしょうか?」
「どうもならん。いったろ? ここだけの話だって。まあゴルドスの内輪もめだとでも報告しとくさ」
「ありがとうございます」
だがオーバースは終わらなかった。
「だがな。コイツはずっとここにいる訳にイカン奴なのも確かだ」
「それは…確かに」
そしてオーバースが俺の目を見て、真顔になった。
「お前。他国に行ってそっちに協力したりするか?」
「しない。おれはヴェルティカに奴隷商から助け出してもらった。だから俺はここにいる」
「ほう。国の脅威になり得るやつを握るカギは、フィリウスの妹と言う訳か。こりゃないがしろには出来んぞ。それも踏まえて、王宮に報告する必要がありそうだな…」
そしてビルスタークが言う。
「どうか。穏便に」
「わかってるさ。国の恩人に対して悪い事はしない。これでも俺は、王軍の将軍の一人だからな。まあほかの将軍には気を付けた方が良い奴もいるが、何かあったら俺に言ってこい」
ビルスタークが俺に言う。
「だとよコハク。頼る時は頼れ。この人なら大丈夫だ」
「…わかった。そうする」
するとオーバースが言った。
「行っていいぞ。片付けが山ほどある」
「わかった」
そして俺はその場から解放されるのだった。危険な感じはしなかったし、きっとオーバースが裏切って俺の事を話す事は無さそうだった。騎士達が行き来する廊下を歩きつつ、俺はアイドナと話す。
《嘘はありませんでした》
だが危険人物認定はされていたぞ。
《ヴェルティカがいる限りどうにかなります》
わかった。
俺が出て行くとメルナが寄って来た。メルナも魔法を使って片付け要員として動いているが、俺がいないと怖がって歩き回らないのだ。俺はメルナを連れて建物の壁の補修に周るのだった。