第七十四話 戦いの夜明けに
俺が都市に戻ると市壁の上からハシゴが降りて来た。俺がそれをよじ登ると、ボルトが手を差し伸べてくれたのでその手を握る。
「無事か!」
「問題ない」
すると俺の周りに、ビルスタークとアラン、ヴェルティカとメルナ、風来燕の連中が集まって来た。ベントゥラが俺に言う。
「よかったよ!」
「ありがとう。あそこまで行けたのはベントゥラのおかげだ」
「いやいや」
そしてビルスタークが聞いて来る。
「して、どんな様子だ?」
「分からんが…とにかく様子を見るしかない」
「そうか。ならばギリギリまでここで待とう」
メルナが俺にしがみついて来る。
「コハク! 怪我は?」
「していない」
だが俺をジッと見て言う。
「血が付いてる」
「これは俺の血じゃない」
「そうなんだ…なら良いんだけど」
「心配するな」
するとヴェルティカが、皿にシチューを盛り付けて俺に差し出して来た。
「まずは腹ごしらえ、食べられるときに食べて!」
ランドボアの肉が入ったシチューが俺の目の前にある。
《消耗したエネルギーを補給してください》
俺がそれを手に取って食い始めると、驚くほどに腹に入っていく。皿をぺろりと平らげるが、まだ食い足りなかった。その様子を見てヴェルティカが聞いて来る。
「お代わり?」
「頼む」
もう一杯を平らげるが、それでも足りなかった。だが他の連中の分もあると思い俺は皿を返す。だがヴェルティカが言う。
「もうみんな食べたから、全部食べてもいいよ」
「いいのか?」
「まだ結構あるし」
「わかった」
それから俺はしばらくシチューを食い続ける。するとアイドナが言った。
《必要な分の補給はできました》
ああ。
俺が皿を返すと、ヴェルティカが言う。
「すっごい食べたね」
「何故か腹が減ってな」
「すっごい頑張ったからじゃない?」
「わからん」
皆は既に敵軍の監視に移っていた。俺も皆の所に行って市壁の先の草原を見る。だがまだ篝火も見えるし、特に変わった様子は無かった。
その時アイドナが告げた。
《ラッパのようなものは無いでしょうか?》
ラッパ?
《大きな音が鳴る物なら何でも》
俺がビルスタークに聞く。
「ビルスターク。大きな音をたてられるものはないか?」
「大きな音?」
「そうだ」
「銅鑼ならあるぞ」
「持ってきてほしい」
ビルスタークが騎士に向かって言う。
「聞いた通りだ。持ってこい」
「は!」
俺達がしばらく待っていると、騎士達が銅鑼を運んで来る。
「どうするんだ?」
「これを鳴らして皆で叫ぶんだ」
「皆でか?」
「全員でだ」
するとビルスタークが大きな声で言う。
「いいか! これから銅鑼をならす! そしたら皆で大声を出すんだ!」
「わかった!」
「じゃあいくぞ!」
バーン! バーン! バーン!
銅鑼の大きな音が鳴り響き、皆がそれぞれに雄叫びを上げる。
「「「「うぉぉぉぉ!」」」」
「これをしばらく続けるんだ!」
バーン! バーン! バーン!
「「「「うぉぉぉぉ!」」」」
何度か繰り返した時アイドナが言った。
《もう大丈夫かと》
「もう大丈夫だ」
「ああ! みんな終わりだ!」
すると見張っていた市民が叫ぶ。
「あれを見てくれ!」
皆が市壁によって見ると、敵陣の篝火がひとつまたひとつと消えていく。しばらく見ていると真っ暗になってしまった。
「どうなった?」
「真っ暗だ…」
そして俺達は、そのまま日の出まで見張り続けた。皆が交代で見張りに立ち、ただひたすら夜明けになるのを待った。東の空が紫に色づいて来て、あたりが薄っすらと見通せるようになってくる。太陽が地平線の向こうに浮かび上がってくると、一気に日差しが草原を照らし始めた。
そこでボルトが言う。
「おい! みろ!」
昨日まで敵軍が居た場所には何も居なかった。
「いなくなった…」
「本当だ…」
「追い払ったんだ!」
誰かの声がした時、堰を切ったように歓声が上がった。
「「「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」」
市民達が抱き合い、騎士達がホッとしたように腰を下ろした。アランがビルスタークに言う。
「敵影、確認できません!」
「そうか…そうか…」
ビルスタークが打ち震えている。ヴェルティカもメルナも泣いていた。
なぜ敵は居なくなった?
《敵の魔導士を全て殺したのが、こちらの仕業だと思ってくれたようです。それにより王都からの兵隊が到着したと判断したのでしょう》
なるほどな。
《これで本当に王都の兵が来るまでは何とかなるでしょう》
アイドナが予測した通りか?
《そうです》
アイドナは感情を持たない。だが、機転を利かせてこの都市のノントリートメントたちを守った。いや…素粒子ナノマシン増殖DNAにそんな感情があるわけは無い。俺がアイドナを使ってみんなを守ったのだ。
周りで抱き合う人間達を見て、俺はこの力を持っている事を嬉しく思う。それは前世でも感じたことのない不思議な気持ちだった。AIの力を平和の為に使う事が出来ると、この時初めて知る事が出来たのだった。