第七十三話 奇襲攻撃による敵魔導士の駆逐
すっかり日が沈み暗闇になった草原を、俺はベントゥラに続いてひた走っていた。ベントゥラが驚いて俺に聞いて来る。
「俺について来るとはな」
「身体強化だ」
「なるほどな。しかも余裕を感じる、おりゃいっぱいいっぱいなのに」
ランドボアの脚力強化をもってすれば、これは歩いているも同然かもしれない。だがそれを説明することなく、俺はただ黙ってベントゥラについて行く。すると敵の兵士の気配が俺にも伝わって来た。ベントゥラが足を止め俺の耳に呟く。
「ここらが限界だ。敵に魔導士がいるつうことは、気配感知を使う奴もいるかもしれん。恐らくは近くに敵がいると思っていないから、気を抜いているような状態だろう。ここから見える先が、敵の左翼にかかるところだ」
「わかった。ベントゥラは戻って良い」
「本当に一人で行くのか?」
「その方がやりやすい」
「…信じらんねえよ。あの大群に突っこむなんて自殺行為だ」
「死なん」
「わかった。ならここまで来た事を、ビルスタークの旦那に伝えておくぜ」
「よろしく頼む」
ザッ! とベントゥラが消えた。
《ではサーチを開始します》
次々に敵兵が光の線になって浮かび上がり、その奥に赤い線で囲まれている人間達がいた。
《魔導士十名確認》
どうする?
《ここからだと騎士にぶつかります。迂回して隙を狙いましょう》
了解。
アイドナがガイドマーカーをひいて、俺はそれに沿って敵の軍隊を迂回して周る。すると一直線に魔導士隊が見える場所に出た。
《ここです》
なるほど。で?
《片手剣二本を両手に持ってください》
俺は両手に一本ずつ片手剣を掴んだ。
《身体強化を施します。足にランドボアの魔粒子、視界に灰狼の魔粒子、そして上半身にオーガコマンドの魔粒子を流します》
グッ、ぐぐぐ! と筋肉が隆起してくるのが分かる。片手剣が木剣よりも軽く感じた。
いくか。
《コース通りに》
よし。
ボッ! と俺が足を踏み込むと、一気に敵の隊の中に入り込んでしまう。だがその勢いを殺すことなく、正面の松明を吹き飛ばした。そのおかげであたりが暗闇に包まれた。
「なんだ!」
「火が倒れたぞ!」
兵士達が騒ぐのを尻目に、あっという間に魔導士隊の先頭が目の前に来る。俺がガイドマーカーに沿って二本の剣を突き上げると、二人の顔面から後頭部に剣がぬけ、その後ろの二人の頭も貫いた。
《振って》
軽く指示が出たので、自然に突き刺さった剣を振ると頭が割れて死体が倒れた。
ブワッ!
なんだ!
いきなり体に何かが入り込んで来る感覚がする。
《魔粒子の量が多いです》
どうやら魔導士は相当の魔粒子を保有しているらしい。そのまま剣をガイドに沿って振り切るとそこに立っていた四人の頭が飛んで、暗闇に倒れ込んだ。ようやく最後の魔導士が気が付いた。
「なんだ?」
しかし遅い。残り二人も二本の剣で頭を突き刺した。
《離脱。姿勢をかなり低く、剣をしまって》
スムーズに剣を腰の鞘にさし込んで、俺はほぼ四つ足でその暗がりを駆け抜けた。あっという間に草原の草の中に身を隠し、そのまま中央に向かって進んでいく。俺が斬り倒した魔導士たちの事はまだ気づかれていないようだ。
しかし…一万人ともなると、横に長いな。
《恐らくは威嚇の為に広げてみせているのです》
それだけに、手薄で魔導士に斬り込みやすい。
《好都合です》
ゴウゴウと風を切る音が俺の耳に流れ、並ぶ兵士達の前の草原を隠れながら走っていた。どうやらアイドナが、手にもランドボアの魔粒子を流したらしく獣のように走れた。
すると先の黄色い光の中に、赤い線で囲われた人間が見えて来た。
《魔導士を確認。さっそくさっきの魔導士の魔粒子を活用します》
俺が聞き返す暇も無かった。全身に大量の魔粒子が流れ込み、俺は消えるように魔導士に突っ込んでいく。既に両手に剣が握られており、ガイドマーカーに沿って松明に剣を振るった。
ボシュっ! と松明の台が切れて落ち、あたりに暗がりが現れる。
しゅぴっ! しゅぱぱぱぱぱ!
一瞬だった。一瞬で八人の頭が飛ぶ。その後でようやく声がした。
「なんだ? 松明が倒れたぞ!」
その声に魔導士が気を取られているうちに、二人の魔導士の頭を飛ばした。ゴゾゾ! と魔粒子が流れ込んできて、更に俺のスピードが上がって来た。
《とても効率の良い魔粒子です》
どういうことだ?
《魔獣のそれとは違い、良く洗練されていると言った表現が合うかと》
だが説明はそれ以上いらなかった。俺の体はまるで風のように暗闇を進んでいく。風が遅れて俺の後に流れるようなそんな感覚だった。風の膜を強い力で押し切って突破しているような感覚。
見えて来た。
右翼の魔導士集団が見えて来て、そのまま近くの松明を斬り飛ばした。そこに暗闇が訪れ、すぐに俺は魔導士を斬り始めた。今度は一瞬で十人の首が飛んだ。
《全ての死亡を確認。離脱》
剣を鞘にしまうと、俺は四つ足になり風よりも早くそこを離脱した。あっという間に敵の部隊から距離を置いて、かなり離れた場所に身を潜める。振り向くと叫び声が聞こえて来る。
「おい! 誰か斬られてるぞ!」
「こっちもだ!」
「治癒師は!」
「治癒師が斬られてるんだ!」
めちゃめちゃ騒ぎになっているようだ。するとアイドナが言った。
《完了です》
もういいのか?
《これで状況は変わります》
わかった。
未来予測による答えなのだろう。俺はそれを信じて、暗闇の草原を仲間達のもとに向かい走り始めるのだった。