第七十二話 未来予測による勝算
危機的状況に皆が深刻な顔をしている中で、アイドナが俺の脳内で言う。
《ベントゥラに、敵魔導士の事を詳しく聞いてください》
わかった。
「ベントゥラ、敵の魔導士はどのくらい居た?」
皆が俺を見る。そしてベントゥラが言った。
「魔導士はあの隊の三カ所に配置されている。真ん中に十人ほど、右翼と左翼に十人ほど」
「三十人か」
「戦に使える魔導士をそれだけ集めるってのは、かなりの戦力だぞ」
《城壁の先に立って敵陣の確認を》
俺はアイドナに言われるままに、城壁の縁に立って敵軍を見る。どうやら向こうも松明を焚いて、こちらの様子を窺っているようだ。こちらからもあちらからも、松明の周りぐらいしか見えていないだろうが、俺の目には光の線となってはっきりと人々が見えている。
《情報通りです。魔粒子の濃い場所が三カ所、真ん中と右翼と左翼にあります》
それを確認してどうする。
《現在、保有している魔粒子ですが、オーガコマンド、オーガ、ランドボア、灰狼、ゴブリンのものとなっております。それで十分に仕事ができるかと思われます》
どういうことだ?
《闇に潜んで近づき、身体強化で魔導士隊を殲滅します》
あの大軍に突っこむのか?
《闇夜は主に取って味方になります。この世界の人間はこれほどはっきり夜目は効きません》
…なるほど…。
《それに、サンプリングの良い機会となるでしょう》
サンプリング?
《仲間の魔導士の首を斬れないのであれば、敵の魔導士を駆逐し魔粒子を確保してください。人間の魔導士の魔粒子がどれほどのものかを検証します》
だが突っこめば死ぬじゃないか?
《ヒットアンドアウェイです。魔導士だけを狙って離脱します》
そうすれば生存確率はどうなる。
《予測演算で検討した結果、八十七パーセント。更に良い状況へと転換します》
そんなに上がるのか?
《何よりノントリートメントは思考共有出来ないのです。その事で勝算は生まれるでしょう》
…わかった。
脳内での話し合いが終わり、俺がくるりと振り向いて言う。
「逃げる必要は無いかもしれん」
それを聞いて皆があっけにとられている。ビルスタークが慌てて言って来た。
「いや、王兵が到着するまで数日かかるかもしれんのだぞ!」
「そこまでアイツらを足止めすればいいのだろう?」
「どうやってそんな事?」
皆が息をのんで、俺の答えを待っている。アイドナの未来予測の事は説明しても分からないので、俺は端的に告げた。
「俺が一人で行く。あんたらはここに兵士達がいるように見せかけるために、大声や音を出して敵の気をひいてくれ。他は全て作戦通りで良い」
「おま! 一人で行くと? あの一万人の兵団にむかって?」
「全部は倒せないだろうが、策はあるんだ。ベントゥラが良い情報を持って来てくれたから」
「俺が?」
「ああ。それで恐らく生き延びる道は開けるさ」
「よくわかんねえけど、どういうこった?」
するとアイドナが言う。
《話している時間が惜しい。急いで装備を揃えてください。片手剣を二刀腰に、そしてナイフを四本、鎧は重くなるので皮の鎧にしてください》
俺はそのままをビルスタークに伝えた。
「装備はすぐに揃えられる。だがそんな軽装で大丈夫か?」
「問題ない。あとはベントゥラ、敵に気が付かれない場所まで俺を連れて行ってくれ。俺をそこに置いたら退却するんだ」
「コハク…おまえ死ぬ気じゃねえだろうな?」
それを聞いたヴェルティカが言う。
「だめよ! コハク! あなたをそんな事の為に、王都から連れて来たんじゃない!」
だが俺はヴェルティカに言った。
「俺は出来ない事は言わない。そして死ぬつもりも毛頭ない、だから行かせてくれ」
「でも…」
そこにメルナが戻り背負っているマージが言う。
「聞いたよ…行かせておやり。恐らくその子は、何かが見えているんだよ」
「ばあや…」
《急いで》
「悪いがとにかく急ぐ。装備を頼む」
「わかった」
そして俺は騎士から皮の鎧を着せられる。片手剣二本を腰に取り付けられ、ナイフを腰と胸に装備された。
「ベントゥラ。悪いが連れて行ってくれるか?」
「わかった。どうなっても知らねえぞ」
「問題ない」
するとヴェルティカが言う。
「コハクが死んだら私も死にます。だから絶対に戻ってきて」
「わかった」
するとメルナが俺にしがみついて来た。
「なんで、一人で行くの?」
「そうすべきだからだ。だが必ず帰って来ると約束する」
「でも!」
そこにフィラミウスが戻ってきてメルナに言った。
「男の決心を鈍らせちゃダメよ。男が覚悟を決めたのならね、それを気持ちよく送り出してやるのが女の役目。何倍も力がでちゃうんだから」
「…でも」
「ほら。笑顔で送り出しなさい」
フィラミウスに言われたメルナは、目に涙を溜めつつ俺に作り笑いを向けた。
「泣くな。俺は戻る」
「コハク…」
どうしたらいい?
《こちらも笑顔を作って安心させてはどうでしょう?》
俺は笑顔を作り、コハクの頭を撫でる。するとボルトが言う。
「何かあったら、俺達が責任をもってお嬢さんを逃がすさ。心置きなくやってくれ」
「了解だ」
メルナが俺にしがみついて言う。
「約束! 帰って! 約束!」
「もちろんだ」
そして俺はベントゥラに連れられ、市壁の外側へと降り、暗闇の中を敵の兵団に向かって走り出すのだった。