第七十話 生き残りをかけた作戦
突如、隣国から現れた兵団を見て、ビルスタークは、メルナが背負っている魔導書のマージに言う。
「ゴルドスが兵をあげました。領土に入り込んでいます…その数およそ一万」
「なんと…」
「賢者様。この状況を考えると偶然ではありませんよね」
「そのようじゃな」
俺の中ではアイドナが解析を始めていた。
《隣国の策略にハマったらしいですね》
そうか、この都市を魔獣に襲わせたのは…。
《隣国の仕業という事になるかと》
なぜそんな事をする?
《前世の人間の歴史から考えると、恐らく領土問題が発端になっているかもしれません。これからの展開次第ではありますが、宣戦布告してくる事もありえるかと》
宣戦布告?
《国がらみで戦争を仕掛けて来るという事です》
俺はビルスタークに聞いた。
「見る限りでは、一万人程度はいると思うんだが、用意周到に準備をして来たと言う事か?」
「そう言う事だ。恐らくあの数は正規兵だけではあるまい」
「というと?」
「普段は農民や木こりなどをしている民に、簡易な鎧を着せて兵士にしているんだ。あの兵団のうち、正規の兵士は十分の一にも満たないだろう」
「それほど訓練されている者は居ないと言う事か?」
「とはいえ、一万は脅威だ。もちろんこの領でも兵を集める事は出来たが、正規兵はおらず招集をかける手立ても無くなった。おそらくアイツらは、この領地を無傷で手に入れるつもりだろう」
「だとどうなる?」
「ここは北の要だからな、ここを足掛かりに一気に国内に攻め込んで来る可能性は高い」
という事は…、この領地だけに限らず、国内全域が危険地帯になるという事だ。
《そうなります。ですが、現状のこの都市にいる市民では足止めも出来ません》
皆が絶望的なムードになっている。
するとヴェルティカが言う。
「都市を放棄して、市民を逃がすしかないわ」
「…残念ですが、そうなりますか…」
アランもそこにいた市民も、それを聞いて苦しそうな表情で下をむく。そしてアランが言った。
「それではお嬢様が…」
「仕方がないわ」
「しかし」
「責任を取る事になるでしょう」
良く分からずに、俺はヴェルティカに尋ねる。
「責任とは?」
「国家を危険に晒したとして、恐らくは死罪」
「市民を逃がしたのにか?」
「それはそうだけど、他に住んでいる国の人を脅かす事になるわ」
いずれにしろ死ぬしかないという事?
《責任を取らなければならないのでしたら、そうなのでしょう》
全く合理性が無いな。
《前世と違って、各個体が共有されておりません。共有されていればその考えや判断を理解するでしょうが、恐らくは見せしめのために処刑されると言ったところでしょう》
どうしようもないという事か?
《すみやかに離脱し、一人で逃亡する事が優先になると思います》
なぜだろう? それを聞いただけで、体の奥底がうずく。
俺自身も、それが一番生存確率が高い事くらい分かっている。だが考えの奥底で、それを選びたくない自分がいた。恐らくはそれ一択で、他に選択の余地などないはずなのにだ。何故俺が、一番確率の高い逃亡を選ばないのか自分でも分からないが、体が拒絶反応を示しているのだ。
他の可能性を考察しろ。
《はい。まずは敵がこの地の状況を正確に知らない可能性です》
という事は?
《ここに戦力が無い事を想定して、兵を差し向けている可能性が高いです》
それはそうだ。ここは魔獣に襲われて壊滅しているからな。
《恐らくは敵が仕向けたのでそのはずです。ですがマージが言うように、王都から兵が差し向けられている可能性はあります》
だが今はいない。
《そうです。実際はいません》
…いるように見せかけるという事か?
《その通りです》
相手に信じてもらえる確率は?
《十三パーセント》
なるほど。可能性は八分の一か。
そして俺はヴェルティカに言う。
「ヴェルティカ」
「なに?」
「王都からの援軍が到着したようには見せかけられないだろうか?」
「えっ?」
ヴェルティカは驚いているが、マージがそれに答えた。
「面白いねえ。可能性はあるんじゃないだろうか」
「ばあや…」
それを聞いてビルスタークが言う。
「やってみるしかないでしょう」
「わかったわ。どうすればいい?」
「まずは、櫓を降りましょう」
櫓の下に降りると、そこに騎士達と風来燕もやってきていた。
「みんな! 市民を広場に集めてくれ! いずれにせよここを切り抜けねば、皆殺しにあう! みんなに話を聞いてもらうしかない! 風来燕はどうする?」
ボルトが答えた。
「ギリギリまで手伝うさ。いざとなったらトンズラさせてもらうぜ」
「充分だ」
皆が都市に走り、僅かな市民達を集めて来た。そこでビルスタークが状況を話す。
「急に集まってもらってすまない! すぐそこまでゴルドスの兵が来ている! 既になすすべなく、ここに入られてしまえば国家を脅かす事になるだろう! これから王都に早馬を出し敵襲を告げる! その間、ここに王都の兵が既にいるようにふるまって時間を稼ぐ! その協力をしてほしい!」
「いやあ…そんなことしてもどうせ死ぬんじゃないかね」
「そうだ。どうやったって生き延びられねえ!」
「だったら一目散に逃げよう!」
それを聞いてビルスタークが言う。
「どこに? ここを明け渡したら、敵は一気に軍を送り込んで来るぞ。北の地は瞬く間に戦場になる。そうすれば生きる場所なんてなくなるぞ」
その言葉で市民は沈黙した。一人の市民が聞き返した。
「どうするんだ」
するとビルスタークは言った。
「王都の兵がいるように見せかける。その協力をしてくれ」
「どんなふうに?」
ビルスタークが俺に言う。
「どうする? コハク?」
「男も女も子供も全員が鎧を着るんだ。そして案山子にも鎧を着せ、鎧を台に乗せて市壁の上に並べていく!」
すると魔導書のマージが言った。
「それだけじゃ足りないねえ。案山子を動かすよ」
「どうやって?」
「そりゃ、あたしとメルナに任せな」
「わかった」
「じゃあ急いで取り掛かってくれ!」
市民達が一斉に動き出す。その後一人の騎士が、馬で都市を飛び出して行くのだった。