第六十六話 戻る僅かな生存者
俺達がランドボアを担いで都市に戻ると、門の前に人の列が出来ていた。急いで門に駆け寄り様子を窺うと、どうやら都市の人間達が戻ってきたようだ。
俺達に気づいた都市の人間が言う。
「騎士様が戻ってきたぞ」
その声に、人々が一斉に振り向いた。俺達が近寄って行くと、中から騎士の一人が出て来た。
「集団で戻ってきたようです!」
「おお、そうか!」
だが戻った人々の視線は冷ややかだった。そして一人の女が言う。
「どうして、守って下さらなかったんです!」
それを聞いてビルスタークは、アランと一緒に土下座をした。
「力が足らずにすまなかった! 大ぜいを死なせてしまった!」
すると老婆が言う。
「みーんな死んじまったよ。酒屋も道具屋も、農家たちもみーんなね」
「すまない!」
だがそれを見ていた騎士が言う。
「仕方なかった! 強力な魔物が大挙して来るなんて、誰も想像しなかったんだ。その前兆すらも無く、どうやったって防ぐ事などできなかった! 団長も副団長も悪くはない! それでも団長は最後まで戦った!」
すると市民達は黙ってしまう。どうやらビルスタークの目が見えていないことに気が付いたようだ。
老婆がポツリという。
「賢者様は…賢者様はどうなさった。賢者様であれば…」
だがビルスタークが再び謝る。
「我々の命を繋ぐために、自分の命をなげうってくださった。我が目覚めた時にはもう…」
「そんな…賢者様が…」
市民達とビルスタークたちが揉めているところへ、ヴェルティカが現れた。
「皆さん! それは騎士達の責任ではありません! 領主であるパルダーシュの責任です。今は父も母も死に、私が領主の代行をしています!」
「りょ…領主様が…」
「ごめんなさい。娘の私だけがおめおめ生き延びて」
だがヴェルティカに何かを言う人はいなかった。そして一人の男が聞く。
「この領はどうなるんです?」
「存続をかけて復興に取り組んでいます。ですから皆さんも戻ってきてほしい」
「もちろん、行くとこなんてないですからねえ。近くの村や街道に野宿して生き延びて来たんです。そこに鐘の音を聞いたという人間が現れて、こちらに戻ってきたという次第です」
「ありがとう。皆さんの家々は壊れてしまったかもしれません。そんな人は領主邸に来てください」
そしてまた老婆が言う。
「お兄様はお戻りではない?」
「いまだ戻ってはいません。ですから私が代理です」
「そうなのですね…」
そしてヴェルティカが地面に膝をついて、頭を下げて言う。
「どうか! この領の復興に力をお貸しいただけないでしょうか!」
それを見た市民達が言う。
「お、お嬢様! お顔を上げてください! お嬢様が悪いわけではないんですから」
「いえ。責任は私に!」
すると市民達は顔を合わせた。そして、一人の男が言った。
「われわれは、領主様や騎士様に守られて来たんだ。だが…見るからに酷いありさまじゃないか、ここは皆で協力し合うしかないんじゃないのか?」
皆がざわつくが、異論を唱えるような人はいなかった。
「そうだね。私らは領主様や騎士様に守られ、お嬢様にはいつも目をかけていただいた。感情的になってすみませんでした」
冷ややかな言葉をかけた人が、ビルスタークに手を伸ばした。
「騎士様がそのような姿ではダメです。どうか立ち上がってください」
ビルスタークは手を借りて立ち上がる。
「すまない。この領は必ず復活させる。だから一緒に協力してくれ」
「はい」
「みんな! 頑張ろう!」
「そうだ! やろう!」
ヴェルティカが来た事で、市民達の意識もまとまったようだ。
何かまとまってよかったな。
《恐らく、ヴェルティカのカリスマがそうさせているのだと思います》
カリスマ?
《落ち着き、声のトーン、真摯で誠実なその姿勢が共感を生んだのでしょう》
何かの力か?
《わかりません。貴族だからなのかもしれません》
アイドナにも分からない力で、ヴェルティカは市民をまとめてしまった。
そこで俺がヴェルティカに言った。
「このランドボアを市民の人らに分けてはどうだろうか? 現状都市に入っても食い物が無いんだ。もし食堂の人がいたら、加工して保存食にしてほしい」
「いい考えね。みなさん! このランドボアで少しの間の食を繋ぎましょう」
市民達が頷いた。
まだそれほど人数がいないからどうにかなるだろう。だがこれから引き続き帰って来るならば、人々はまず食事で悩むことになりそうだ。
「ビルスターク、魔獣は夜の方が多く出るんじゃないのか?」
「そうだな」
「この人らの食を支えねばならん。風来燕と相談をして、もっと魔獣を多く狩る事をした方がいいんじゃないか?」
「そのとおりだ。夜に起きたら相談しよう」
その後、ランドボアを食事処の建屋に運び込み、女達にその解体を任せる事にした。
そして俺がヴェルティカに言う。
「じゃあ、風来燕によろしく伝えてくれ。ビルスタークとアランはヴェルティカの護衛をしてほしい」
「ん? お前はどうするんだ?」
「装備を整えて、もう一度森に行って来る」
「休まずに?」
「まだ必要ない。とにかく風来燕には森に食材を取りに来いと伝えてほしい」
なにせオーガ三体の魔粒子を取り込んだせいで、稼働エネルギーが有り余っている。
それを聞いてヴェルティカが言った。
「無理をするのは良くないわ」
「いや…無理じゃないんだ。今はそれよりも大事な事がある」
「…考えがあるのね?」
「そう言う事だ」
「わかったわ」
そうして俺はそこで別れを告げ、装備を整えて森へと向かうのだった。