第六十五話 オーガ三体を討伐してみる
俺がズンズンと森の奥へと進んでいくと、アランが慌てて言う。
「お、おい! コハク。確認をしながらじゃないと危険だぞ!」
「大丈夫だ。確認している」
「なに?」
本当の事だ。アイドナが俺の聴覚と嗅覚を魔粒子で調整し、外敵要因になるだろう魔粒子の波長を捉えているからだ。
それを聞いたビルスタークも驚いていた。
「いや、アラン。それは間違いない、俺も気配は察知していない」
「えっ? コハクは…そんな事も出来るのか?」
「ある程度は」
「お前には驚かされてばかりだよ」
そんな話をしている時に、俺は気になってアイドナに聞いた。
どのくらいの距離まで把握している。
《現在保有している魔粒子の活用では、直径三百メートルと言ったところです》
わかった。
どうやら俺は三百メートルの球内にいる、外敵の音波を感じ取る事が出来るようだ。
そしてビルスタークが言う。
「だが、だいぶ深くまで来ている。気を付けねば、いきなり襲われることにもなりかねない」
「わかった」
それから少し歩いて行くと、俺の耳に違和感が出た。俺が足を止めるとアランが聞いて来る。
「魔獣か?」
「そのようだ。まだこちらには気が付いていないようだ」
アランがビルスタークに聞く。
「団長は察知しましたか?」
「いや…だが微かに獣臭がするな…。まずはこのまま風下の位置を取りつつ近づこう」
「わかった」
それを聞いたアイドナが言う。
《経験則です。ビルスタークの言うとおりにし、風を読んで動きます》
そしてアイドナが風向きを読み取って、俺の目にガイドマーカーを送って来る。俺はそれに従いながら、森の中を進んで行った。どうやらビルスタークもアランも、魔獣の気配に気がついたようで静かになる。
《ランドボアより気配は大きく、波形から察するに二足歩行です。三体で歩いているようです》
ゴブリンか?
《ゴブリンのそれとは明らかに違います》
俺は小さな声でビルスタークに言った。
「二つ足の何かだ。三体ほどいるが、ゴブリンより大型だ」
「群れている? トロールでは無いな。このあたりだとコボルトかオークの可能性が高い」
「ランドボアよりも気配は大きいぞ」
「確かか?」
「ああ」
「なら、コボルトではない。オークの可能性が高いが、あとは目視で確認してみるしかない」
「わかった」
風下から近づいて行き、木の先に小さく影が見えた。それを見てアランが言う。
「あの影…オーク、ですかね?」
「まだ遠いか…」
「もう少し近づいてみる」
「気を付けろ。風向きが変われば感づかれるぞ」
「わかった」
アイドナの指示通り、俺は風下を取るように動いた。ようやく影がはっきりした時、アランが俺の手をひいて止める。そして耳に口を近づけ囁くように言った。
「あれは…オーガだ。なぜこんなところにいるか分からんが、恐らくは都市を襲った連中の名残かもしれん」
するとビルスタークが言う。
「コハク…引こう。こちらは怪我人二人で補助魔導士もいない。オーガはオークとは比べ物にならないほど強いんだ」
それを聞いてアイドナに確認を取る。
だそうだ。どうする?
《シミュレーションを聞きますか?》
言ってくれ。
《まず油袋をオーガの向こうに投げ、臭いで群れをばらします。後方から近づきつつ魔粒子の流れから弱点を把握し、予測演算で剣の軌道を示します。瞬間的に体内全ての魔粒子を使って身体強化しますが、直ぐにオーガの魔粒子で満たされるでしょう》
他の二体に気づかれるぞ。
《目に短剣を投擲します》
上手く的中できるか分からんぞ。
《では投擲のフォームをフルサポートします》
次は?
《恐らく一気に木を駆け上がる事が出来るはずです》
それで?
《剣を垂直にガイドマーカーを出してサポートします》
だが最後の一体は?
《魔粒子で身体強化をします。二体分のオーガーの魔粒子を保有していますので、数値上は負ける事はありません。オーガのステータスを表示します》
オーガ
名前 ???
体力 763
攻撃力 681
筋力 1032
耐久力 809
回避力 42
敏捷性 86
知力 12
技術力 12
体力、攻撃力、筋力、耐久力がハンパないな。
《人間ではありませんから。ですがそれ以外が、全くなっていません。勝てます》
信用するぞ。
《はい》
ビルスタークがもう一度聞いて来る。
「コハク?」
「問題ない。あれを殺る算段はついた」
するとアランが言う。
「団長が健在なら何とかなるが、お前ひとりであれをやるだと?」
《機会を失います》
俺はもう二人の言葉を聞かなかった。腰から油袋を取り出して、オーガの向こう側へと放り投げる。すると落ちた油袋からの匂いにつられて、オーガがクンクンと鼻を鳴らして反対側に向かっていった。
ダッ!
猛スピードでダッシュした。
速い!
《ランドボアの特性で足を強化してます》
見る見るうちにオーガが迫り、ガイドマーカーで背中の一点が光っている。
三メートルくらいあるぞ!
《跳躍出来ます》
そのまま飛んで激突するように、オーガの背中にロングソードが深々と突き刺さった。
ウガッ!
そいつの体の色は赤黒く、二つのツノと牙が突き出ていた。とにかく筋肉のつき方がハンパなく、下手をすればクマより逞しいかもしれない。しかし俺がロングソードを突き刺した場所は、そいつの中核らしくそのまま絶命した。剣から体に膨大な量の魔粒子が流れ込み、自分でもわかるくらいの力が湧いてくるのが分かる。
シュル!
ロングソードを抜き去り、他の二体を見ると、ようやくこちらに気が付いたようだ。仲間がやられたのを見て、顔が怒りに満ちている。
「ごあああああ!」
「うがあああああ!」
二体がこちらに飛んで来たので、腰の短剣を二本抜き取る。するとアイドナが自動でそれを誘導し、理想的な形で投擲した。目にもとまらぬ速さでオーガの顔に迫った短剣は、一本ずつ二体の右目にきっちりと刺さる。
「ぎえええええ!」
「がああああああ!」
二体がたまらず、目に刺さった短剣を抜き取っているあいだに、一体の近くにある木めがけてはしり、そのままオーガーの頭上に向けて走り登った。二体のオーガの脳天が見えて、アイドナが示すように垂直に剣を構えて落ちていく。
《微調整します》
落下する俺の剣を、オーガの脳天のある部分めがけて修正した。そのまま落ちていくと、スルスルと脳天にロングソードが刺さっていく。あまり手ごたえがないので不思議だった。
《骨の継ぎ目を狙いました》
俺の腕からまた、膨大な量のオーガの魔粒子が入り込んで来た。そいつがドスンと倒れたのを見て、最後の一体がようやく俺がそこにいる事に気が付いた。
するとアイドナのガイドマーカーは、体の中心ではなく顎の下あたりにラインをひいている。
《飛んでください》
俺がそのままそこめがけてジャンプする。
パクン!
オーガの首から上が消し飛んだ。自分の跳躍力が信じられないほどで、力余ってかなりの距離を飛んでしまう。地上に降り立った時、更に体が魔粒子で満たされているのが分かった。
俺は凄く強化されたぞ…。
《それはオーガの魔粒子が強力だからです。魔粒子の量もかなりのもので、大量に保有する事が出来ました》
俺がオーガの死体の所に戻ると、ビルスタークとアランがやって来た。
アランが言う。
「おいおい! なんだよその体! 物凄い筋肉量になってるぞ! それに凄いじゃないか! 俺と手合わせした時は、かなり手を抜いていたって言うのかよ!」
「違う。身体強化を教えてもらったからだ」
「そりゃ…昨日今日の事だろ? そんなに使いこなせるものなのか?」
「師匠が良い」
するとビルスタークが言う。
「アランよ、天才というのはいるものだ。我々の努力を一気に抜き去るような、天賦の才という奴をもったやつがな。コハクは恐らくその部類の人間だ。コイツは…強くなるぞ! 誰よりも」
「団長にそんな事を言われる奴は初めて見た。コハクって凄い奴だったんだな」
そして俺はその言葉を聞き流しつつ聞いた。
「あの都市を襲った怪物のような、バケモノに会うにはどこに行けばいい?」
ビルスタークが少し考えて言う。
「コハクは、まさか復讐するつもりでいるのか?」
復讐? 何の事だ? 俺は更に強い魔粒子を取り込みたいだけなんだが。
「強い魔物を倒したい」
「帰って、賢者様に聞いてみるとしよう」
そうして俺達は森から都市にもどる事にした。途中でランドボアに遭遇したので、俺が一人で脳天を突き刺して殺した。それを棒にさし込んで、俺とビルスタークで持って帰るのだった。