第六十三話 寝つけぬ真夜中のAI相談
人間が人間の安全領域を脅かしたという事実は衝撃だった。人が住む町の大規模破壊を促したのが同じ人間なのである。人の意志のもとに人を大量に死に追いやったという事だ。全く信じられない恐ろしい行為だ。だが俺は前世でノントリートメント(AIを体内に宿していない人間)が、ヒューマン(アイドナ搭載人間)を大量虐殺した歴史を思い出す。
だがこれこそが、ノントリートメントのやる事なのだ。そんな無秩序なノントリートメントから自分の身を守るには、今の自分では非常に非力だと理解できる。そいつらが魔獣などよりもはるかに恐ろしい存在だと、アイドナに教わるまでもなく理解できる。
そんな事を考えている俺の横では、メルナが寝息をたてていた。俺もアイドナから脳に休息をとるように言われ、ベッドに横たわり目をつぶっている。だが結界石が人によって壊されたという事実が、俺の頭の片隅にこびりついて離れなかった。
力が足りない。
俺の悩みを読み込みアイドナが答えた。
《ノントリートメントからの脅威を退けるだけの力をつける必要があります》
何をすればいい?
《優位点を強化して先回りするしかないでしょう》
可能だろうか?
《まずは、先天的なこちらの優位点を考察します》
なんだ?
《この世界の人間はAIを搭載していないという事です。高速演算処理も未来予測もたてる事が出来ず、身体の自動修復も出来ないようです。あくまでも想像の領域に留まっていて、確率で物事を確信的に進める事が出来ていません。これは非常に大きなアドバンテージだと言えます》
確かにそれはある。そのおかげで今もこうして生きていられるからな。
《はい。そして我々は、未来予測ガイドマーカーによる戦闘や、サーモグラフィによる状態変化の確認、エックスレイ(エックス線を使った透過視)の力が使えます。ですがこの世界の人は、遮蔽物の向こうの魔獣を捉える事すら、予測でやっているようです》
確かに。だがビルスタークなんかは、目が見えなくても凄い事が出来るぞ。
《確かに彼が驚異的な能力を有している事を認めますが、世界には多くのイレギュラーが存在しています。それは経験や身体能力でカバーしているにすぎません》
経験則か…そのとおりだな。
《幸運なことに、こちらの世界に来てから多くの体験をすることが出来ました。まだ情報量としては少ないですが、そこから算出される強化点は多くあります》
例えばどんな事だ?
《好都合な事に、この世界には魔粒子という不可思議な動力源があります。それを取り入れる事を可能にした事は、大きなアドバンテージになるでしょう。これを最大限に活用して、生存確率を上げていくしかないです。更に人の生存領域を脅かすような不穏分子がいるのだとすれば、それを先に見つけて排除する必要があるでしょう》
魔粒子を活用して不穏分子を排除する?
《森で耳を強化した時は、雑音の排除が出来ませんでした。ですがそれは使い方が悪かったと言う事です》
どう使う?
《この世界の人間や魔獣には、少なからず魔粒子が備わっています。それらが発する微弱な音波だけを聞き分ける事が出来るでしょう》
わからん。それがどう活用できるんだ?
《魔獣からは攻撃衝動が伝わってきました。その魔獣の魔粒子を取り込んだことで分かった事があります》
なんだ?
《魔粒子から、攻撃衝動を聞き分ける事が出来るという事です》
…もっと詳しく。
《感情の波長を読みこめるという事です。相手が平常心のようにふるまっても、怒っていたり殺意などを持っていれば、先に察知できるという事です》
なるほど、嘘を見抜けるという感じか?
《その通りです》
魔粒子をそのように使えると言う事なんだな?
《それだけではありません》
どういうことだ?
《魔獣によって魔粒子の質が全く違う事が分かりました。ランドボアの魔力は多く、まだ体内に保有してますが、そもそもゴブリンや灰狼のそれとは違い、動力源として強いのです》
強い魔獣の魔力は強い、と認識して良いという事か?
《単純にはそうなります》
強いとどうなる?
《ランドボアとゴブリンを比較すると、ランドボアは強く異質で、特徴がある事が分かりました》
特徴って?
《ランドボアは突進力が強い魔獣でした。それはそのまま脚力や瞬発力に変換しやすいという事です》
脚力を強化すると良いという事か?
《はい。ビルスタークに教わった身体強化で言うとそうなります。ゴブリンの魔粒子とは比較にならないほどの力が出ます》
詳しく。
《効率よく分配すれば、下位の魔獣など相手にならなくなるでしょう》
そうなのか?
《はい》
なら俺はどうすればより強くなれる?
《より強い魔粒子を保有している生体を殺して下さい。その魔粒子を吸収する事によって、更に力を使えるようになるでしょう》
強い者…か。
《以前、王都からこの領への道すがら遭遇したトロール。あれはランドボアより強いと推測します》
ああいう魔物を狩れと?
《もしくは人間でも可能です》
例えば?
《メルナやビルスタークを殺せば、更に新しい魔粒子を吸収できるでしょう》
…そんな事は出来ない。
《合理的ですが…止めておきましょう》
ならどうする?
《悪い意志を持つノントリートメントで、合法的に殺してもいい者が二つ提案できます》
どういうことだ?
《一つはこの世界の盗賊と呼ばれる野蛮人です》
もう一つは?
《おそらく戦争であれば人殺しは合法かと》
戦争…危険じゃないか?
《その為に魔獣を狩って魔粒子を出来るだけ多く保有してください。質量が無いに等しいので無限に保有できるでしょう》
明日…マージやビルスタークに相談してみるか。
《賢明です》
じゃあ少しでも鍛えた方が良いな。
《いえ、今は休息も必要です》
なぜだ?
《魔粒子の取り込みは身体に負担をかけています。休ませる必要があります》
だが、そんな事を聞いたら興奮して眠れんぞ。
《管理します》
次の瞬間急速に眠くなって、俺は一気に暗黒の世界に引きずり込まれるのだった。